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流れていた一曲目の最新ブリティッシュロックが、途中から徐々にボリュームを落とす。
ディレクターの合図で咲良はマイクのスイッチを入れた。
「曲の途中ですが、さっきのお願いにさっそくみなさんからお電話いただいてるので、繋げますねー!もしもーし!」
『あ。え?咲良さん?』
「お電話ありがとー!それで、男の子走ってるの?」
『あ!まじで?毎週聞いてます!って、この子どうしたの?もう走りすぎちゃったんだけど』
「本当なのね?その子逃げてるらしいの。どうにか助けて欲しいんだけど、」
『逃げ、って、この車から?逆走して追っかけてる車がいるけど!』
「え!」
『うわっ!ヤバいよこれ!』
ディレクターが右手を回した。電話を変える合図。
『え?もしもし?』
「お電話ありがと!男の子見える?」
『うん、走ってるけど、どうしたらいい?』
「助けて欲しい!誰か、どうにか、」
『あ!車!』
「え?」
『見えないけど、なんか車、どうしたんだ?』
またディレクターが右手を回した。
『あ!咲良さん?今男の子過ぎちゃったけど、車止まったよ!』
「え?追いかけてた車?」
『そ!故障車が路肩に停まってて進めなくなった!』
「えー!良かったー!」
『しかもね、ダンプがその車の後ろ塞いだからバックもできないよ!』
「え?」
『ダンプの運ちゃんもこのラジオのリスナーだね!そうでしょ!』
電話の向こうでそのダンプのものらしい、こもったホーンが聞こえた。
ディレクターがまた右手を回した。
「もしもしー!」
『お!咲良さん!今ちょうど男の子が横走って行ったところでさ、声掛けたんだけど全然聞いてくんねー!』
「え?何て言ったの?」
『車止まったからもう走らなくていいって、結構みんな窓開けて言ってんだよ?』
「まだ走ってるの?」
『ぜんっぜん止まらない。もう走んなくていいのに!』
ディレクターが右手を回した。
「もしもし」
『咲良さん!あの子、可哀想!誰の声も聞かないで走ってるの!こんなに寒いのにあんな薄着で!』
「止まらないの?」
『誰も止められないの!みんなが声掛けてるんだよ!それなのに!』
咲良が、黙った。
ディレクターがまた右手を回した。
『咲良さん?どうしたらあの子止まるの?雪が降ってるのに!』
リスナーの悲鳴のような声が響いた。
咲良は唇を噛んだ。
ディレクターが何か合図を送っていたが、見なかった。
そして、頷いて、言った。
「今、高速で男の子の姿が見えている人、ラジオのボリューム上げてくれる?最大に。
私が彼に話すから。彼に聞こえるように、窓を開けてボリューム上げてくれる?」
その瞬間、白沢インターから白沢SAまでの上り車線を走る車、ほとんど徐行している全車のウィンドウが一斉に下がり、ラジオの音声がまるで膨らむようにボンっと雪の降る夜空に広がった。
『聞こえてるかな?』
夜空に響いたその声に、走っていた少年が立ち止まった。
『聞こえてるよね?健介君、もう走らなくていいよ!』
健介は、呼び掛けてきたその声を探そうと道路を振り向き、驚いた。
目に飛び込んできた光景は、窓を全開にした車の長い列。
左には赤いテールランプがずらりと並び、右は白いヘッドライトがどこまでも続く。
そしてその全てから同じ声が大きく聞こえている。
『原田健介君!もう大丈夫だから!』
健介は驚きすぎて、息を弾ませたまま車の群れを端から端まで見た。
高速なのに、全車停まっている。
視界の端から端までライトを点けた車の行列で埋められた道。
なにこれ?
茫然と立ちすくむ健介に、また夜空に響く声が呼び掛けた。
『健介君!私ね、秋ちゃんの友達なの!秋ちゃんに頼まれて、今健介君に話してるの!』
……秋ちゃん?




