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ARROGANT  作者: co
日曜日
57/194

11

 7時からのオンエアに向けて、オープニングトークの打ち合わせも終わった。

 街中のビル8階スタジオから見える真っ暗な空に雪が舞っている。

 つい三日前までハワイにいた。あんなに暑かったのに、たった三日で雪が降ってるってどうよ?ってハワイも雨だったんだけどね。どうせなら一月後に降ってくれたらホワイトクリスマスなのにね。


 というあたりさわりのない話で一曲目のブリティッシュロックを流す。

 窓から雪を眺めながら、咲良はそんな内容を頭の中で組み立てる。

 さてぼちぼち本番ね、と身体を伸ばしてストレッチしたら、ジャケットのポケットが震えた。


 しまった。

 電源切り忘れてた。


 でもこの時間、オンエアだと知らない知り合いはいない。

 こんな時に掛けてくるのはセールスに決まっている。

 出ないで電源切ってしまおう。


 と、画面の表示を見ると、


 その三日前までのハワイ旅行に一緒に行っていた、昨日空港で別れたばかりの相手。


 彼からの電話なんて、ほとんどもらったことがない。

 常にこっちから掛ける。

 特にこんな関係になってからはそう。

 今回のハワイ旅行だって無理矢理セッティングしてごり押しで行ってもらったようなものだ。

 いつもいつもこっちが追いかけている。


 そんな彼からの電話が、よりによってこんな時間に……。


 ガラスの向こうのスタッフに背を向けて、隠れるようにボタンを押した。


「秋ちゃん、ゴメン!後にして!」

『お願いがある。君にしか頼めない。これからすぐオンエアだね?』



 そして、とんでもない状況を説明され、とんでもない仕事を頼まれた。



 時間だよ、とブースにいるスタッフに注意される。

 よろしく!という声を最後に通話が切れた。

 直前まで携帯を耳にしているDJを、ガラスの向こうのディレクターが立ち上がって怒っている。

 ごめんなさい、と手を立てて謝り、携帯の電源を切るとオープニング曲が流れ始めた。




 頭の中を、たった今聞いた大事件がぐるぐると巡る。


 番組では流す曲目も曲数も順番も決まっていて、CMの時間も決まっていて、トークの筋も全て決まっている。他の話題を挟む余裕なんか一切ない。夢だったこの仕事に就いて二年になり、楽しかった時期を過ぎて不自由さばかりのストレスを胸に溜め込むようになった。言いたいことも言えない、聴きたくない曲も褒めなきゃ、会いたくないゲストを笑わせなきゃ。

 そろそろ潮時じゃないか?ディレクターにそう言われた。そろそろ、俺の専属DJにならないか?続けてそう言われた。

 それプロポーズだよね?クサいけど。秋ちゃんにそう指摘されるまで気付かなかった。良かったね、おめでとう。そう微笑まれて、素敵な笑顔で祝福されて、私は頷いた。

 今クールでここを辞めて、ディレクターとの結婚の準備に入る。

 だから独身最後の思い出に秋ちゃんとハワイに行った。

 まだ公表はしていないけど、この仕事はもうすぐ辞める。


 私にはこの仕事は、向いていなかった。残念だけどそういうこと。だけど最後まできちんと与えられた仕事は指示通りにみんなに喜ばれる放送をしたい。責任は全うしたい。


 それなのに。


 それなのに、攫われた小学生が、高速の路肩を今たった一人で走ってる?


 そんなばかげたことが本当に?

 嘘じゃないの?


 だけど、そんな嘘をわざわざ秋ちゃんが本番直前に言ってくる?


 もし本当だったら。

 この雪の中、子供がたった一人で逃げてるなら、


 私に何かできる?

 私にしかできない何かがある?


 予定通りの責任を投げ打って、果たすべき何ががある?




 オープニングテーマが終わった。

 マイクを入れる。


「こんばんはー!水乃咲良です!寒いですねー。雪降ってますねー。私、三日前までハワイにいたんですよー!」


 どうしよう、秋ちゃん。


「あんなに暑かったのに、三日でこんなに寒いし!」


 言えない?言っちゃう?


「雪も降っちゃって、こんなに暗くなったのに、」


 もし、本当だったら、もし本当に、


「こんな遅くに、……高速の、」


 言っちゃう?




「……高速の路肩を、男の子が走ってない?」




 言っちゃった!





「白沢インターから白沢SAまでの登り車線を走ってる人!路肩を男の子が逆走してないかな?見つけたら電話して!番号はいつもの通り!じゃ、一曲目!」



 言っちゃった!やっちゃった!

 叱られるー!

 マイクを切って咲良はスタッフに背を向けて頭を抱えて小さくなった。

 そして案の定、スピーカーからディレクターの怒鳴り声。


『何を勝手なこと言ってるんだ!そんなことだからお前はダメなんだ!』

 ひー、と耳を押さえたが、そのディレクターの声に被さるように、電話の着信が鳴り出した。それを取ったスタッフの声が続いた。


『はい。え?走ってる?』


 他の電話を取ったスタッフの声も重なる。


『男の子?Tシャツ一枚で?』


 スタジオ内の全員が固まる中、電話が続々と鳴り続ける。


『なんなんだ、これ?お前、どうする気だ?』

 ディレクターが焦って興奮している。

 咲良がおずおずと言い訳した。

「……知り合いの知り合いの子供が誘拐されて、今走って逃げてるって電話をもらって、高速の路肩を逆走しててすぐに助けにいけないからラジオで呼び掛けて欲しいって、」

『やれるのか!』


「……やりたい」


 勢いでそう答えた。




 やれ!

 と顔を顰めたままディレクターが右手を上げて合図した。


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