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雪の降る高速道上り車線の路肩を、白いTシャツ姿の健介は車と逆の方向に走る。
走行中のドライバーがその姿に驚いても、走りすぎてしまえば気のせいだったかと忘れてしまう。
しかしあまりに驚いたドライバーは思わずブレーキを踏む。
その後ろのドライバーがそのブレーキランプに驚いてブレーキを踏む。
健介が走り過ぎた辺りで、徐々に渋滞が始まってきた。
一度も休まずに走り続け、健介はやっと電話に辿り着いた。
扉を開けて受話器を持ち上げる。
耳につけると連続した電子音が聞こえる。
激しい呼吸はもう抑えられない。
これで、助かる。
健介は笑っていた。
そして、電子音が男の声に切り替わった。
『はい、管制センター』
……え?
『どうしましたー?故障ですか?事故ですか?』
……警察、じゃ、ない?
『あれ?もしもーし!』
「あ、あの、」
『ん?子供?』
「あの、警察じゃ、ないんですか?」
『警察?違うよ。どうしたの?車止まった?』
「だって、警察だって、父さんが言ったから、」
『お父さん?警察って言ったの?事故かな?』
「違うの!でも、警察じゃないなら、」
健介は、泣き始めた。
この電話が最後の望みだった。
その泣き声に驚いた相手が慌てて訊いた。
『どうした?警察ならここから連絡もできるよ。事故じゃなくて警察に用って何だ?』
望みがほんの少し、繋がった。
健介はしゃくりあげながら、伝えた。
「僕、原田健介って、言います。知らない、男に連れてこられて、今、逃げてて、」
『……は?』
「だから、警察に、この電話、警察に繋がるって、父さんに聞いた、から、」
その時、走ってきた道の奥に、小さな光が見えた。
『逃げ、てる?知らない男?君、誘拐されたのか?』
健介はその言葉を全部聞かず、受話器を離してまた走り出した。
路肩を車が逆走してきている。
あの白い車。
あれは、黒い男の車。
僕を追っている。
逃げる。
逃げるしかない。僕はもうあそこには戻らない。
あそこに戻るくらいなら、いつまででも走る。
どこまででも走る。
さっき零れた涙が後ろに飛んで行った。
突然会話の途絶えた電話に何度か呼びかけながら、管制官は机の上のモニターでその掛かってきた電話の位置を確認する。
その時周囲がざわめきだした。
「急に渋滞し始めたな?」
「SA入口辺りですね」
「モニターどれだ?」
「変えてください」
「あれ?路肩逆走してないか?」
「うわ!それで渋滞してんのか!」
管制室正面にある大型モニターを見上げて、その管制官は驚いた。
白沢SA付近を映すカメラが上り車線の路肩を逆走する白い車の姿を捉えている。
子供が連絡してきた電話はその車が過ぎた位置にあった。
「あの、」
健介の電話を受けたその管制官が手を上げた。
「そこの緊急電話から今子供の声で通報があって、誘拐されて逃げたところだと、」
「何!」
「警察だと思ってこの電話を取ったと、」
「まさか、この逆走してる車!」
「……まさか、」
「追われてるのか!」
「すぐに通報しろ!」




