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「……お腹、痛い」
弾む息を堪えながら、健介は苦しい振りをして呟いた。
前の二人から何の反応もないので、繰り返した。
「お腹が痛い。トイレに行きたい」
「え?何か言った?」
振り向いたお母さんにまた繰り返す。
「お腹が痛いからトイレに行きたい」
男が舌打ちをした。
「まぁ、しょうがないか。次のサービスエリアで休憩だ。腹も減ったしな」
男がウィンカーを点けてから、笑った。
「中で飯食うか。100万あるしな」
そして車は、広いサービスエリアの駐車場に入った。
日が落ちて照明があちこちを照らす。
白い大きな建物の中は眩しいほど明るい。
たくさんの車が停まっていて、たくさんの人がそこにはいた。
雪がはらはらと落ちていた。
車が停まり、ロックが外され、健介はドアを開けて飛び出した。
「あ!こいつ!逃げる気か!」
男も直後に飛び出し、健介を追った。
しかし健介が真っ直ぐ向かっている先は、トイレ。
男もそれに気付き、健介を捕まえるのは止めたが一応後は追った。
一度もスピードを緩めずに男子用トイレに駆け込んだ健介は、個室の一つに飛び込んでドアを乱暴に叩きつけた。
追ってきた男は、閉まっている個室を確認してからその反対側にある小用便器に向かった。
その足音が止まるのを、個室の壁に貼り付いて健介は待っていた。
そして、男が立ち止まった。
男の足音が消えてから、健介は顔を覗かせた。
健介は、唯一閉まっていた個室の隣のドアを音を立てて叩きつけたのだ。
男が背を向けているうちに、音を立てないように裏の列に回り、出口まで走った。
「おい。逃げようったって無駄だからな。出てくるまでここで見張ってるぞ!」
男の声が奥から聞こえた。
閉まっている個室に向かって言っているのだ。
僕はそこに入ってないのに!
作戦成功!
健介は走った。
走る方向は決めている。
道を戻る。
走って戻って、あの緑の電話を取る!
白い建物の前をやっと走りすぎたところで、後ろから声が聞こえた。
「健介っ!」
お母さんに見つかった。
健介は振り向かずに走りながら、気付いた。
このパーカー。黄色いから目立つ。
健介は走りながらパーカーを脱ぎ捨てた。
薄い白のTシャツだけで、雪の降る中走り続けた。
来た道を戻れば、車は追いかけてこれない。
ここは一方通行だから、車はバックもできない。
父さんがそう言った!
健介は笑いながら走った。




