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「雪降ってきたなぁ。積もる前に高速抜けるか」
男がそう言って、上着を脱いで後ろに放った。
それがパサリと寝ている健介の頭に落ちた。
健介はただ横になって、何も考えずに車に揺られている。
不安と恐れに慣れてしまっていた。
朱鷺を犠牲にした痛みだけを胸にかかえて
小さく固く、健介は置物のように揺れている。
その、丸く固くなっている健介に、再びそれが届いた。
男の上着に微かに残ったアロガン
微かな香りが健介の心に触れた。
父さん。
健介は顔を上げて、窓から外を見た。
暗くなって風景が変わっている。
違う、風景がない。
延々と壁。
ここは、高速。
自動車道。
『歩きでも自転車でも入れない』
父にそう教えてもらった。
『歩いちゃだめ?』
『だめ』
『じゃ、帽子とか落としたらどうするの?』
『諦めろ』
『車でバックしたらいいよ』
『バックも禁止。一方通行だから車でも戻れない』
父の香りに包まれて、健介はいつかのそんな会話を思い出す。
あんな日ももう戻らないのかな。
僕はもう父さんにも会えないのかな。
窓から流れる景色を見ながらそう思う。
もう父さんに何も教えてもらえないのかな。
何でも訊いたら教えてくれた父さん。
あの風車なに?
あのバス停どこから乗るの?
なんで道路に靴が落ちてるの?
あの電話はどこに繋がるの?
あの電話は、どこに繋がる?
あの緑の電話は、
父の答えは、
『警察直通』
心臓が強く打ち始めた。
一瞬で体温が上がった気がする。
健介は、消えそうな父の香りに顔を近づけて、弾みそうな息を堪えた。
父さん。
もう一回だけ。
あと一回だけ、頑張る。
頑張れる。
ありがと、父さん。




