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ARROGANT  作者: co
日曜日
49/194

「朱鷺ちゃん!」


 叫んでも、どんなに大声を上げても、朱鷺の耳には届かない。聞こえない耳に健介の声は届かない。


「朱鷺ちゃん!こっち見て!」


 だけど、届かないはずがない。朱鷺ちゃんに届かないはずがない。


「朱鷺ちゃん!健介だよ!」


 僕が呼んでいるんだ。朱鷺ちゃんに届かないはずがない。


「朱鷺ちゃん!」



 僕の声が朱鷺ちゃんに届かないはずはない。

 聞こえなくたって届かないはずはない。



 叫ぶ健介の後ろでドアの開く音がした。

「小僧!何騒いでるんだ!」

 おじさんがベランダに走ってきた。


「朱鷺ちゃん!」

 健介は手すりにしがみついたまま叫び続けた。






 父の会社の取引先の先代社長が亡くなり、朱鷺は昨日から母と共に葬儀参列ついでに温泉宿に来ている。日帰り出来る距離だが、メインは葬儀ではなく温泉で、本当は今日の内通夜に来るつもりもなかった。

 しかし亡くなった社長とは幼い頃から面識があり、この屋敷にも何度か訪れたことがあって、朱鷺はずいぶん可愛がってもらった。その社長が亡くなったのなら今後この屋敷に来ることもなくなる。

 最後にこのお屋敷で社長にお別れしましょうか、という母の提案で、今ここに来ている。


 そしてその母は他の取り引き先の誰かに捕まっている。

 朱鷺はそれが終わるのを待ちつつ、木にもたれて携帯のメールを見たりしていた。



 その朱鷺の腕を、誰かが二度、軽く叩いた。


 ちらりとその相手に目をやると、やはり黒い服を着た小さなおじいさん。

 何かをもぞもぞと言っているが、子供と老人の口を読むのは難しい。

 困ったな、と朱鷺が首を傾げると、おじいさんが右手を伸ばした。

 ピンと人差し指が斜め上を差している。


 ん?と、その先に目をやった。


 離れの洋館。


 昔社長が子供の為に建てたと聞いた。今はただの倉庫になっていると。

 本宅も広い豪邸だけれど、創業社長の葬儀に集まる人数も相当だろうから、離れも使うのかも知れない。

 だからベランダに人がいるんだ。

 子供が顔を出して、何か叫んでいる。



 って、


 あの子供って、


 あの黄色のパーカー、あのクルクルの癖毛、


 まさか。


 まさか、まさか、



 まさか健介がこんなところにいるはずがない。

 だけど健介は今、いるはずの原田さんの家にいないんだ。

 母親に返したとか訳のわからないことを原田さんが言っていた。

 健介に母親なんかいないのに。

 いったいどこの誰に渡したのか知らないけど、健介は原田さんの家にいない。


 健介は今、原田さんの家にはいない。


 だからってまさか、



 まさかこんなところに、





 まさか、健介?






 朱鷺が健介を見つけた直後、その姿がベランダから消えた。

 そしてその後ろの窓が乱暴に閉められた。




 健介?



 朱鷺は走り出した。



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