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通常で30分かかるコースを、20分を切る暴走危険運転で原田はあのアパートに乗り付けた。
下から見上げて部屋に電気が点いていないことはわかった。
しかし階段を駆け上がり、ブザーを鳴らし、ドアを叩いた。ドアノブを回してみたが開かない。
ドアに耳をつけてみても物音一つしない。
いない。
待てば戻ってくるのか?
戻ったとして、健介を渡してもらえるか?
無理だ。
健介の意思を聞く相手ならあんなふうに攫ったりしない。
健介に挨拶もさせずに連れ去ったりしない。
原田はドアを両手で押さえて俯いた。
しかしここまで来ても、原田にはよくわかっていなかった。
自分が何を間違ったのか、どこで間違ったのか、わかっていなかった。
実の親が、一度健介を捨てた実の親が、やっと探し出した健介を再び陥れるなどとは、予想もしていなかった。
夜の住宅街で発見した時の健介の姿には確かに驚いたし怒りも覚えた。
あんな目に遭わせるために健介を渡したわけではなかった。
しかし、まだ疑い切れないでいる。
実の親が一度傷つけた子供をわざわざ探し出して再び傷つける。
そんなことがあるのか?
ここまで来ても原田には理解できない。
まして再び傷つけるために健介を探し出したのかなどと疑ってもいない。
血の繋がった親がそんなことをするはずがないと、原田は心の奥底で決めつけていた。
原田自身が幼い頃に両親を亡くし、さして遠くもない血縁に引き取られたものの一切心を開かずに義務教育を終えると同時にその保護を離れ、以降独りでやってきた。
生涯結婚もしないだろうし家族を持つことを考えたこともなかった。
健介が現れた時もそれは変わらなかった。そして今現在も実は変わっていない。
家族のつもりじゃない。父親のつもりじゃない。
それは、無理だからだ。
肉親の愛情を知らずに育った自分が、家族なんか持てない。親になんかなれない。
しかし八年前突然現れた健介に追い回され執着され、何度目かに、慣れた。
誰の腕をも拒絶する子供が自分だけに抱かれることを許すから、誰かに預けることを諦めた。
健介の父親になろうと思ったことは一度もない。
傍にいたいのならいればいい、と思っただけだった。
今までそう思える存在に出会ったこともないし恐らく今後もない。
それならそのために全て整えてやろう。
俺の傍で不足なく成長していけばいい。
原田が考えていたのはそれだけだった。親のつもりではなかった。
そして健介を育てることが、原田にはほとんど負担にはならなかった。
喧嘩相手の君島がいたせいもあり、健介は異様に原田に懐いていたが、原田自身が異様に我慢強かった。健介のわがままや癇癪に平気で付き合った。
鈍いと言っていいほど、原田はやんちゃな健介の世話を厭わなかった。
原田が健介の育児を負担に思わなかったから、他の人もそうだろうと思っていた。
健介を育てることは、誰にでもできることだと原田は思っていた。
だから母親が現れた時にあっさり渡した。
健介は育てやすい良い子だし、実の母親の元で暮らしたいと健介が望むのならそれが一番いいと思った。
血の繋がりのない、肉親の愛情を知らない自分の元にいるよりも、その方が健介のためだと思った。
自分の思いは二の次でいい。
その考えの何が間違っているのか、原田にはいまだにわかっていなかった。
健介ですらわかったことなのに。




