15
健介が膝の上で寝てしまった。
原田はその身体を抱き上げソファの上に乗せてブランケットを掛けた。
寝顔が笑っているものの、頬はまだ濡れているので指で拭ってやる。
一度起こして風呂に入れた方がいいだろうなと思いながら立ち上がりリビングを出て、ふと階段の上でガタガタと音がするのに気付いた。
君島が暴れている。
原田は一度ため息をついて、風呂を入れる前に君島の部屋に向かった。
ノックするまでもなく、ドアが全開になっている。
そしてその片付いたことのない部屋の中で、クローゼットを開けて部屋の主がさらに荷物を撒き散らしている。
一心不乱に暴れている君島に声を掛けた。
「……何やってんだ?」
「出ていく!」
原田は腕組みをして顔を顰めた。
これまでも何度かこういうことがあった。
出ていく!と宣言して荷物をまとめようとしてまとまらずに挫折。
だから一度も引き留めたことはないのだが一度も出て行ったこともない。
しかし。
今回は、止めた方がいいだろうな。
「君島」
「呆れたよっ!」
君島は手を休めずにそう叫んだ。
「君にも健介にもほんっとうに呆れたっ!」
そう叫びながら、クローゼットの中の服を床に山盛りにした。
「君島」
今度は本棚に取り掛かる君島に原田が呼び掛けた。
「健介もまだ小さいし、お前の世話がないと、」
「もうたくさんだっ!」
バサバサとハードカバーを落とした。
「今後は是非親子二人で上手くやっていってください!」
無茶言うよなぁ……。
原田はあらぬ方向に放り投げられた文庫本の行方を眺めながら説得を試みる。
「まだ健介があんな状態だし、」
その時、来客を知らせるチャイムが鳴った。
君島の部屋は二階の奥で、インターホンから一番遠い。
原田が振り向いたが、階下から健介の声が聞こえた。健介が応対するようだ。
だから原田は再度君島の方を向いた。
玄関で健介が何かを言って鍵を開ける音が聞こえた。
「だから、健介はまだ動揺しているし、ちゃんと、」
ドン、と何かが落ちたような音が聞こえた。
「ちゃんとした手続きとかがまだ、」
ドアの閉まる音が聞こえた。
「まだ終わって……、」
そして、何も聞こえなくなった。
健介の声が、聞こえなくなった。
原田はまた振り向き、廊下を走った。
吹き抜けの玄関を見下ろし、健介の姿を探した。
階段を駆け下りた。
すぐ後を君島も追ってきた。
外から車のドアが閉まる音が聞こえた。
鍵が開いたままの玄関ドアを開けて飛び出した。
門が開きっぱなしだった。
走り去る車のテールランプだけが赤く見えた。
「健介!」
まさか、と思いながら門まで走って、車を追った。
追いつくはずはない。ナンバーどころか車体の色すらわからなかった。
まさか、と振り返った。
嘘だろう?健介は家の中にいるだろう?
しかし、玄関に立つ君島は、茫然としたまま首を振った。
「嘘だろ!」
原田が叫んだ。
「あの女だ!」
君島も同時に叫んだ。
どうして、
なんのために、
なぜ、
頭の中がそんな言葉で埋まる。
思考停止したまま、原田は車のキーを掴んでガレージを開けた。
どこに行くかも訊かずに君島は原田に告げた。
「通報するよ!」
原田は頷いて車に乗った。
君島が携帯で110番を押した。
「あ、あの、誘拐!えっと、原田健介、10歳。赤羽小学校4年。僕?君島秋彦。続柄?他人。え?ああ、だから友人の子供。原田浩一。同居してます。え?家から。今自宅から連れ去られた。あ、すいません。親子じゃない。養育してるけど名前が違って、ああ、知り合いから預かってるんじゃなくて、
うーん……。あの、刑事部かどこかの一課だか二課だか三課だかに榎本さんっていましたよね?県警に。まだ定年になってないと思うけど。榎本……英、なんとか。英泰。一課?まだ?その人が知ってます。家族構成はその人に訊いてください。うちの子供が誘拐されました。犯人の目星はついてます。だから、榎本さんに訊いてください」




