13
猫の姿がないことにやっと健介は気付いた。
「そうだ、さっきいた場所で、どこかの家の庭にマックスみたいな猫いたんだよ」
健介はそう言って原田を見上げた。
しかし答えたのは君島だった。
「マックスはいないよ」
「いない?やっぱりさっき見た猫はマックスだったのかな?逃げたの?」
「違う。あげた」
「……え?」
君島が足を組んで、膝に頬杖をついて呟いた。
「欲しいって人がいてね。マックスあげた。どうせ健介もいなくなるんだしちょうどいいだろ?」
「……何、言ってんの?じゃ、さっきの家にあげたの?」
「違うよ。そんなに遠くの家じゃない」
「なんであげるの?なんでそんな勝手なこと、秋ちゃんがするの?」
「だって、いいだろ?どうせ健介、ここから出ていくんだろ?」
君島が大きな目で健介を見据えた。
じわりと、お腹の中が熱くなった。
「なんで……!僕と、マックスは関係ないよ!」
「うん。関係ないよ。マックス向こうに懐いちゃったんだ」
「嘘だ!マックスなんか父さん以外のみんなに唸るんだから!秋ちゃんだって知ってるくせに!秋ちゃんなんか今でも嫌われてるくせに!」
「だってさ、向こうの家にマックスそっくりの猫がいてね、よく訊いたらその猫、マックスの兄弟だったんだよ」
「そんなわけないっ!」
健介の怒りが沸騰した。
「マックスの兄弟なんか、全員死んだんだから!マックスだって死にかけてた!」
「あぁ、だからそういう意味じゃない。一緒に生まれたんじゃなくて、マックスの前に生まれた兄弟」
「……そんな、え、そんなの!」
「うん。つまり、マックスの元々の家」
「そ……、」
「だから、続けてたくさん生まれたから、マックスと兄弟は捨てたんだって」
「そんなのっ!」
健介は怒りのあまり、立ち上がった。
「それならなんでいまさらマックス欲しいなんて言うのさ!」
「マックスは大きくなって手間もかからないし楽だろ?」
「だって、だって、そしたらマックスが病気にでもなったらまた捨てるよ!」
「それはないでしょー」
笑う君島が許せなかった。
「マックスが大きくなったのは、うちで助けて育てたからじゃないか!」
「だからもうどこでも生きていけるよ」
「無理だよ!マックスなんか躾が悪いんだから!」
「マックスが喜んでたし」
「バカなんだもん!マックスはバカなんだから、やっちゃだめだよ!」
健介の目に涙が滲んできた。
「だって、生まれた家なんだよ?マックスだって嬉しいよ」
「そんなはずない!ダンボールに入ってたんだ!ダンボールで生まれて、大雨の中でずぶ濡れで、みんな死んでたんだ!」
「そんなことマックス忘れてる」
「マックスはバカなんだもん!マックスを、どこにもやらないで!」
涙が零れた。
「でもマックスはここに戻りたくないって思ってる」
「マックスはバカなんだもん!そんな家にいたら、またひどい目に遭うんだ!」
「本当の家なのに?」
「本当の家じゃない!マックスの本当の家はここだ!」
「だってほかにも兄弟猫がたくさんいたよ」
「捨てたくせに!僕が!僕が助けて育てた!僕の猫だ!」
「マックスが戻りたくないって」
「絶対だめ!そんな家、絶対またマックス捨てる!絶対返さない!」
「本当の親なのに?」
「君島!」
原田が、君島の言葉を大声で遮った。
その声に健介がびくりと震えた。
うわ……!と君島が、ソファの背もたれにそのまま倒れ込んだ。
台無し……!
くっそー……!
後で本っ当に殴ってやる!
両手で目を覆い、君島はため息をついた。
以前から気付いていた。
というより、健介がマックスを拾ってきた時に思っていた。
まるでそれは、原田が健介を保護した時と同じだった。
罪のない小さな存在をただ温めたいと思っただけ。
その小さな存在がそれを幸せだと、それを当然だとするなら、ずっとそのままでいさせてやりたい。
そう思うだろ?健介。
僕らは、少なくとも僕は、健介をそのつもりで育ててきた。
そして僕は、そういう健介を絶対不幸にはしないつもりだ。
たとえ健介が不幸になることを望んだって僕は許さない。
健介が不幸になることは僕が絶対許さない。
そう思うだろ?
マックスが不幸を選んでもお前は許さないだろ?
君島がまた一つ大きく息を吐いて、指の間から健介を覗き見た。
そして、身体を戻した。
「秋、ちゃん」
健介が茫然と立ったまま、宙を見た目から滂沱の涙を流して呟いた。




