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わからない。
わからない。
自分の名前が、ずっと僕を表していた「原田健介」が、
僕の名前じゃなかった。
僕は
山崎まこと
これだけのこと。
たかが名前。
たかが名前なのに。
よくわからない。
わからない。
自分が今何を感じているのかわからない。
何も感じていないような気もする。
多分、平気な気がする。
きっと何も感じてない。
「だからね」
君島が身体を折り曲げている健介の頭を撫でて続ける。
「養子縁組の申請と、名前の変更の申請を、15になったら健介自身ができる。だから15になったら説明しようと思ってた」
何も感じていない。
僕は、平気。
健介は首を振る。
「つまり」
つまり、こういうこと
「つまり、あのお母さんが、僕に健介って名前付けて、自転車小屋に捨てて、」
そう口にした後、健介の身体ががたがたと震え始めた。
どうして震えているのか健介自身よくわからなくて驚いている。
君島が震えだした健介の身体を両腕で抱え、その頭の上で囁いた。
「ごめん。これが大筋なんだ。突然全てを知るのはすごくショックだと思う。でももうゆっくり小出しにはできない。ごめんね」
わからない。
秋ちゃんの言うことが、何もかもわからない。
ショックなんか受けてない。
だって全然わからない。
なんで謝るのかもわからない。
「正直、母親が現れるとは思ってなかった。今頃になってよくも顔を出せたものだと思う。だいたい探し出せるはずがないのに。それに。浩一」
震えの止まらない健介を抱いた君島の手に、少し力が入る。
「よくも健介を渡したものだと思うよ。本当に呆れる。あれだけ苦労して健介を引き取ったのに、よくもあっさり渡したもんだよ」
俯いたまま、健介は細く長く、息を吐いた。
不思議と震えが収まってきた。
そうなのか。
お母さんに捨てられた僕を拾った父さんが苦労して僕を育てた。
そういうことか。
嘘みたいだ。
本当じゃないみたいだ。
夢の中にいるみたい。
僕は子供だからきっと何もわからない。
本当って何かわからない。
僕が原田健介じゃないのなら、今までの僕が嘘だった。
父さんが苦労して育てた僕が、嘘だった。
それならもう、
ここにはいられない。
もう、父さんのところにはいられない。
呼吸を忘れて健介はそういう結論を見つけた。
もうこれ以上、父さんに苦労は掛けられない。
健介はそういう結論を導き、頷いて顔を上げた。
そして微笑んだ。
「うん。わかった。ごめんなさい。いままで、ごめんなさい」
健介は君島を見上げて微笑んで、そう言った。




