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ARROGANT  作者: co
土曜日
36/194

10

 わからない。

 わからない。

 自分の名前が、ずっと僕を表していた「原田健介」が、

 僕の名前じゃなかった。


 僕は


 山崎まこと


 これだけのこと。


 たかが名前。


 たかが名前なのに。



 よくわからない。

 わからない。

 自分が今何を感じているのかわからない。

 何も感じていないような気もする。


 多分、平気な気がする。


 きっと何も感じてない。



「だからね」

 君島が身体を折り曲げている健介の頭を撫でて続ける。

「養子縁組の申請と、名前の変更の申請を、15になったら健介自身ができる。だから15になったら説明しようと思ってた」


 何も感じていない。

 僕は、平気。

 健介は首を振る。



「つまり」


 つまり、こういうこと


「つまり、あのお母さんが、僕に健介って名前付けて、自転車小屋に捨てて、」




 そう口にした後、健介の身体ががたがたと震え始めた。


 どうして震えているのか健介自身よくわからなくて驚いている。


 君島が震えだした健介の身体を両腕で抱え、その頭の上で囁いた。




「ごめん。これが大筋なんだ。突然全てを知るのはすごくショックだと思う。でももうゆっくり小出しにはできない。ごめんね」



 わからない。

 秋ちゃんの言うことが、何もかもわからない。

 ショックなんか受けてない。

 だって全然わからない。

 なんで謝るのかもわからない。



「正直、母親が現れるとは思ってなかった。今頃になってよくも顔を出せたものだと思う。だいたい探し出せるはずがないのに。それに。浩一」


 震えの止まらない健介を抱いた君島の手に、少し力が入る。



「よくも健介を渡したものだと思うよ。本当に呆れる。あれだけ苦労して健介を引き取ったのに、よくもあっさり渡したもんだよ」




 俯いたまま、健介は細く長く、息を吐いた。


 不思議と震えが収まってきた。




 そうなのか。





 お母さんに捨てられた僕を拾った父さんが苦労して僕を育てた。



 そういうことか。



 嘘みたいだ。

 本当じゃないみたいだ。

 夢の中にいるみたい。


 僕は子供だからきっと何もわからない。

 本当って何かわからない。

 僕が原田健介じゃないのなら、今までの僕が嘘だった。


 父さんが苦労して育てた僕が、嘘だった。



 それならもう、


 ここにはいられない。


 もう、父さんのところにはいられない。




 呼吸を忘れて健介はそういう結論を見つけた。


 もうこれ以上、父さんに苦労は掛けられない。



 健介はそういう結論を導き、頷いて顔を上げた。


 そして微笑んだ。




「うん。わかった。ごめんなさい。いままで、ごめんなさい」



 健介は君島を見上げて微笑んで、そう言った。

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