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昨夜ほとんど寝ていなくて、さっきまで冷え切った街を走り回って疲れ果てている健介は、暖かい車内の柔らかいシートにペタリと横になるとそのまま貼り付いたように身体を沈ませて、規則的な寝息を立て始めた。
その横に座った君島は、健介の冷え切ったブルゾンを脱がせ、その冷え切った身体に自分のコートを掛けた。
健介が熟睡していることを知りながら、君島は小声で運転席の原田に言った。
「僕が全部、健介に教える」
原田が逡巡の末躊躇いながら訊く。
「全部……てのは、どこまでだ?」
「全部だよ」
君島が笑い声で答える。
「君は口出しするな。君にそんな権利はない。わかってるよね?君はあの薄汚い母親と同じことをしたんだ」
原田はその言葉を問い直しはしなかったのに、君島は続けた。
健介は熟睡しているのに、君島はその耳を手で覆ってから、言った。
「君も、健介を捨てたんだ。こんなに小さくて汚くてバカで健気な子供を、捨てたんだ」
「たかが親に会うためにあんな言い訳を用意させるなんて、親のやることか」
拾ったジッポを頼って父を探した健介が憐れだった。
そんな目に遭わせたのは原田だと、君島は断罪した。
原田は応えなかった。
君島もそれ以降は口を開かなかった。
健介の寝息だけが、車内の小さなリズムになっていた。
自宅に戻り、車をガレージに入れる。
君島が寝ている健介の頬を挟んで摘まんで引っ張って、嫌がって払おうとした手を掴んで引っ張り上げて、健介を起こした。
「……ひどいよ、秋ちゃん」
「家着いたよー」
「普通に起こしてよ」
「お腹空いたねー。何食べたい?」
「スルーなの?」
「スルーって何?美味しいの?」
まだ眠いし疲れてるし熱もあるしぼんやりする。
そんな健介の頭を乱暴に撫でて、君島が再度訊く。
「何食べたい?」
「……おでん」
コンビニの前で風に吹かれていた旗を思い出した。
あそこでバイクのライダーのジッポを拾った。
「おでん?今からじゃ無理だろ」
父が笑い声で応えた。
「ブリ大根ならある。橘のおばさんにブリもらった」
父の言葉に健介が顔を上げた。
「朱鷺ちゃんの、おばさんに?」
「そう」
父が頷いた。
「朱鷺ちゃんは、元気?」
健介が訊いた。
「朱鷺ちゃんは元気って何だ?朱鷺ちゃん病気にでもなったの?」
君島の問いに健介が答える。
「全然会ってないから」
あの時から会ってないから。
会って謝らなきゃいけないから。
健介はそう思った。
「元気だろ。特に変わりはない」
原田が答え、運転席から出た。




