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息を弾ませて横断歩道を戻り、健介は夕方に向かって日を落とす周囲を見回す。
信号や看板に表示されている住所にはまるで見覚えがない。
とりあえず来た道を戻ろうと思った。
バイクを追って走って曲がった道を辿って、住宅街に入り、同じような家が立ち並ぶ街角で、わからなくなった。
何度も同じ角を曲がっているような気がした。
さらに日が落ちて、家の灯りがぽつぽつと灯る。
暗くなるとさらに昼間の風景の記憶と合わなくなる。
街灯の少ない住宅街だけど、ほとんどの家が庭や門をイルミネーションで飾り立てていて華やかだ。
寒くなってきて、暗くなってきて、心細くて、健介はイルミネーションの一番派手な家のチャイムを押した。
二度押してしばらくして聞こえてきたのは、おばあさんのような声。
『はい』
「あの、ここって、どこですか?」
勇気を振り絞って健介はそう尋ねたが、おばあさんは無言で通話を切った。
健介は、何度目かの絶望を味わった。
どうしたら、いいんだろう。
健介は門の上でチラチラと赤く光るサンタクロースの人形を見上げた。
クリスマス
もう、そんな時期
サンタの隣に、立派なツノのトナカイも光る。
去年、おもちゃのトナカイのツノをマックスに被せて写真を撮った。
マックスがすごーく怒ったけど、みんなで押さえつけて朱鷺ちゃんが写真を撮った。
マックスが怒って怒って、Tレックスみたいに口開いて牙をむき出して、でも頭にはトナカイのツノ。
そのベストショットをしばらくリビングに飾っていた。
もうあんなクリスマスはない。
健介はトナカイを見上げていた。
そのトナカイの横で、何かが動いた。
サンタが動いていた。
ワイヤーで固定されていて落ちないはずのサンタが、コトンと前のめりに倒れた。
え?
と、健介がその後ろを見ようと覗き込むと、
猫と目が合った。ぶさいくなブチ猫。
マックスだった。
「マックス!」
健介が叫ぶ前に、マックスは門を飛び下り走り去る。
「マックス!」
また、健介はマックスを追って住宅街に迷い込んだ。
さっき回ったコンビニをまた全て周り、女のアパートにも戻り、女がいなくなったことを知り、原田は次の手を見失ってハンドルに肘をつく。
君島は健介の友達の家に電話を掛けて健介が行っていないか確かめ、見かけたらいつでも携帯を鳴らしてもらうように頼んだ。
気付けば周囲はゆっくりと暗くなってきている。
考えている場合じゃない。夜になる前に子供が歩いて移動できる範囲の道全てを探そう。
原田は車のライトを点けた。
同じような住宅の立ち並ぶ街で、逃げた猫は勝手に庭に入り込んで変なところから出て、健介を翻弄しながらどんどんと小道に逃げた。
名前を呼びながら追いかける。
きっと家に連れて行ってくれると思った。
マックスが道案内してくれると思った。
助けに来てくれたんだと思った。
それなのに、ブチ猫の姿がとうとう見えなくなった。
遠くの庭木の枝が折れた音を最後に、気配すらなくなった。
暗くなって、寒くなって、助けもなくなった。
ああ、僕って、どこにも行くところがないんだ。
健介は、人通りのない暗くなった住宅街の細い道で、立ち竦んだ。
誰も僕を、探してくれないんだ。
健介は星も出ていない空を見上げた。
君島が外を見るのをやめてウィンドウを上げ、携帯を下した。
「もう歩いている人がいない。この住宅街回っていなかったら警察に電話する。いいね」
運転している原田は返事をしない。
君島も返事を期待していない。
同じような建売住宅の並ぶベッドタウン。確認済みの道かどうかすらわからなくなっている。
直進の道が先で途切れていた。
もうダメだ。暗すぎる。チラチラするイルミネーションにいらいらする。だいたい街灯が少なすぎる。
君島は110番を押そうとした。
その時、イルミネーションの青い光の中に、空を見上げる小さな人影を見た。
誰も僕を探してくれない。
誰も僕がいらない。
僕はいらない子供だから。
だから誰も探してくれない。
寒い。
暗い。
お腹がすいた。
このまま、死ぬ?
死んでも、探してもらえないのに?
空を見上げて震えながら絶望している健介を、突然白いライトが照らした。
驚いて顔を顰めてライトを振り向く。
その眩しいライトの前に、逆光を浴びて真っ黒な人影が現れた。
「健介!」
その声は、知ってる。
秋ちゃん。




