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昨日もらったブリを捌き、圧力鍋で大根と共に炊き、残った切り身を冷凍した。
朝からそんな作業をしながらも、やはり食欲は湧かないのでコーヒーを淹れる。
この生活がルーティンになってきた。
慣れていくだろう。
原田はそう考えながらテレビをつけて、天気予報を見た。
昨夜からの冷え込みは続き、明日は山間部で初雪の可能性。
手遅れだったか。ロングには寒すぎる。雪は論外だしなぁ。
バイクの予定が立てられない。
雪なんか降ったら、マックスはどうなるんだろうな。
どこにいるんだろう。
今朝も皿に置いた餌は無くなっていた。
白い息を吐きながら、原田はそこに餌を追加した。
マックスのことは考えたが、健介のことは考えないようにしていた。
考えるほどに健介との別れが決定的になるような気がして、ただそれを引き延ばすために思い出すのもやめている。
そういうかなり消極的な抵抗をしている。
そんな具合で原田は今朝も食事を取らない。
そしてだらだらと、昼になっても食欲は降りてこない。
ただ、放置していた圧力鍋を思い出して開けてみて、大根をつまんだ。
またしょうがが強すぎる。原田の癖。もっと甘くしてくれといつも健介に言われる。
健介が食べるわけじゃないがみりんを足す。
そしてまた蓋を閉めた。
そのままだらだらとリビングのソファに伸びていた。
昼を過ぎて、まだ夕方と呼ぶには早いくらいの時間に、玄関の鍵が開けられる音が聞こえた。
健介?
原田はソファに身体を起こして、どかどかと走ってくる足音の方を向き、開けられるはずのドアを注視した。
そして現れたのは、
「アローハ~~~~~っ!」
と、指を交差させた右手を高らかと上げて、この寒気の中麦わら帽子を被ってサングラスをかけたアロハシャツ姿の君島だった。
帰国予定今日だったか、と原田はため息をついて、再びソファに身を沈める。
「寒いねー!日本は寒いよねー!って、ハワイも天気悪かったんだけどねー!でもこっち一段と寒いよねー!」
がたがたと荷物を引き摺り立てかける。
「雪降りそうなぐらい寒いよね?ううー、風邪ひきそうだ。着替えてくる!」
そう続けて君島は階段を駆け上がった。
うーん。面倒なのが帰ってきたなぁ。
どーやって説明しようかなぁ。
原田はソファの上でうつ伏せになった。
そして階段を駆け下りる音が聞こえ、廊下から君島の高い声が聞こえた。
「健介は?どこか遊びに行った?」
うーん。
「いない」
「ん?友達の家?」
「母親の家」
「はい?」
「母親の家」
「……誰の?友達の?」
「健介の」
「は?」
君島が、顔を覗かせた。
「健介の母親が、健介を引き取りにきた」
原田の簡潔な説明を聞いて、君島がゆっくりソファに近づいた。
「何言ってんの?ボケたの?」
原田を冷徹に見下ろし、君島が言った。
原田は返事をしない。
「健介を誰に渡したんだ?」
「母親」
原田が短く答えた。
「そう。それじゃ、すぐそこに連れて行って」
「嫌だ。お前、暴れるだろう?」
「まさか」
君島が美しく笑った。
「僕に、さよならも言わせない気?」
原田はその笑顔を見上げた。
こんなにあっさり事情を了解するはずはない。
こいつは間違いなく何かするつもりだ。
しかも俺にはそれを阻めない。
君島には、健介にさよならを言う権利があるからだ。
原田は身体を起こした。




