表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARROGANT  作者: co
月曜日
2/194

 三年前の小学校に上がったばかりの放課後、土砂降りの雨の中公園に放置されていたダンボールの中で、子猫が五匹ずぶ濡れになっていた。

 震えていたのは一匹だけだった。

 濡れて動かない四匹も、鳴き声すら上げられず震える一匹も、怖くて怖くて健介は泣きながら帰ってきた。

 抱き上げてしまった震える一匹をダンボールに戻すことすら怖くて、子猫を抱いているせいで傘がうまく差せなくて、長靴に雨が入ってぐちょぐちょになって、家に着いた時は頭から顔から足の先までずぶ濡れで、


 それでもこの状況で唯一の救いは、この時間家には健介しかいないということだった。


 潔癖症の父がずぶ濡れの健介や瀕死の小汚い子猫を許すはずがない。

 ペットが欲しいと頼んだことは一度や二度ではないけれど、そのたびに父は同じ結論を言った。



「うちに不潔な動物はお前と君島だけでたくさんだ」



 同居人の君島秋彦は確かにいろんな意味で不潔な大人だ。

 僕はあんなに不潔じゃないよ!きれいな動物ならいいの?


 そんな反論、この小汚い子猫を抱いてできるはずがない。


 潔癖症の父が帰ってくる前に、子猫を拭いて温めて何か食べさせて、それからどこかにこっそり隠さなきゃ。


 泣きながらもそう目論んで健介はボタボタと水滴を零しながらうろつき、タオルで子猫を拭いて、ダイニングの自分の椅子に新しいタオルに包んだ子猫を置いて、まだ水をボタボタ落としながらキッチンのあちこちの棚を椅子に上って探し、ツナの缶詰を見つけてそれを取ろうとして棚の中の物を全部床に落とした。

 しかしそんなものに構わずに、健介は缶詰を開けようとしたが、力が弱いせいで全開にできない。

 缶詰を諦めて冷蔵庫を開けた。

 生鮭の切り身があった。

 それを一枚取り出し、適当な皿に乗せて、タオルの中の子猫の前に置いた。

 鮭の切り身は子猫より大きかった。


「ネコだからお魚食べるんだよね?」

 健介はまだ泣きながら子猫に語りかける。

「早く食べて。食べないと死んじゃうから」

 しゃくりあげながら、健介は子猫の顎を指で持ってみた。



 その時、玄関の開く音がした。



 健介は飛び上がった。


 父か君島かはわからないが、どちらにしても子猫を隠さなければ。

 慌ててタオルに包んで慌てて近くにある電子レンジに入れた。


 そしてダイニングのドアを開けたのは、父だった。

 ドアを開けたきり、父はしばらく沈黙した。

 父は長身なので立っていると威圧的で、レンズが反射して眼鏡の奥の目が見えないせいでさらに怖くて、その姿を凝視したまま健介は息を呑んで願った。

 このまま何も気付かずに会社に戻って。

 夕食を作りに帰ってきたに違いないのだけれど、それを忘れて会社に戻って。

 健介は心から祈った。


 しかしそんな祈りも空しく、、びしょ濡れのフローリング、床に散在する缶詰、半端に開いたツナ缶、皿に乗った生鮭の切り身、何らかの形に濡れたハンドタオル、ライトの点いた電子レンジで、父はほとんどのことを見破った。


 床の水溜りと缶詰を避けながら父は真っ直ぐレンジに向かい、その扉を開けて片手でネコの入ったタオルを取り出した。


「健介」


 健介はその場にペタリと座り込み、絶望して滂沱の涙を流しながら、ダンボールの中で動かなかった四匹のこと、鳴けずに震えるネズミのように小さいその一匹のこと、開けられなかった缶詰のこと、食べてくれなかった鮭のことなどを、しゃくりあげながら伝えたつもりだが、残念ながら日本語になっていなかった。


 父は、手のひらに子猫を乗せて、眉間にシワを寄せて見下ろしている。


 他の四匹のように、ダンボールに戻して、動かなくしてしまう?


 そう考えるだけで健介は言葉も出せないほどしゃくりあげた。


「健介」


 父がまた名前を呼んで、ため息をついた。



「こんなに小さいヤツ、まだシャケは食わない」



 涙でぼやけて、父の表情がよく見えなかった。



「これだけ小さいし雨に当たってたなら、ちょっと難しいかも知れない。着替えろ、健介。病院に連れて行く」


 ずぶ濡れのまま健介は泣き叫んで自分の部屋に突進して速攻で着替えて、泣いたまま子猫を抱いて父の車で動物病院に行った。

 動物病院でミルクのあげ方とおしっことうんちのさせ方を教わっただけで帰された。

 あとはネコの生命力次第。そう言われた。

 それから二ヶ月、同居人の君島も巻き込んで原田家は瀕死の子猫の介護と育児に忙殺された。


 世話できる時間は健介も君島も手を出したが、深夜数時間置きに世話をしたのが父だった。

 健介自身が子供のせいで子猫を扱う力加減がわからず、健介が触るとネコは唸った。

 君島は基本的に大雑把で乱暴な男なので、ネコが嫌がった。

 唯一父は、手も大きいし穏やかなのでネコが安心して世話された。


 だからいまだにネコは父にしか懐いていない。

 

 拾ってやったのも名前をつけてやったのも健介なのに。


 マックスは恩知らずだ。


 そして父も父だ。

 あんなに不潔な動物はいらないと言い張っていたくせに、マックスが来てしまえば誰よりもマックスを可愛がっているのだ。


 しかも間違いなく健介のことよりもマックスの方を大事にしている。


 息子よりもブチ猫を大切にしているのだ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ