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コンビニで弁当とヤクルトを買い、帰宅した。
二階の健介の部屋を開けて、来たんだな、と気付いた。
きっと毎日物を取りにここに来るだろう。
当分はそれで繋がっていられる。
まだ決定的に離れることをはっきりさせたくない。
そんなことを曖昧に考えている自分にがっかりしながら、原田は自分の部屋に戻る。
着替えてから庭に置いたマックスの皿を確認する。
餌は無くなっていた。ただマックスが食べたかどうかはわからない。それでも餌を追加して置いた。
それからガレージを振り向いた。
家の前にあるガレージは壁が一面で横開きの重いシャッターが正面にあり、屋根は母屋と繋がり庭との間に支柱が立っている。
だから庭から車とバイクと自転車が見える。
この前乗ったのはいつだったかなぁ、とバイクに近寄った。
埃が積もっている。
エンジン掛かるのかな。
なんとなく思い立ってキーを取ってきて回してみる。
セルを押すと、不機嫌そうに始動した。
寒い夜なのに。
可愛いもんだな。
原田は車に寄り掛かってタバコに火をつけた。
それから思い出した。
夏の終わりにチェーンにグリスを塗った。
平日休みだったが健介は夏休みで友達の家に遊びに行っていて、君島は珍しく家にいた。
作業が終わって一息ついて一服している時に健介が走って帰ってきた。
「父さん!」
原田はしゃがんでタバコを咥えたまま、息を切らせて顔を真っ赤にした健介に目をやった。
「父さん!あのね、レンのおばさんが妹産んだの!見てきたの!」
つまり、蓮君のお母さんが蓮君の妹に当たる第二子を出産したと言う意味。
「それでね!レンがね!弟がよかったって!妹じゃつまんないんだって!」
「それで?」
「だからね!僕も弟でいい!」
「は?」
「だってさ、レンのおばさんは女だから女しか産めないんだよ。弟はおじさんが産むんでしょ?」
「え?」
「うちには父さんしかいないから妹は無理だもんね!でも僕、弟でいいよ!」
期待に満ちた満面の笑みを向ける健介を原田は唖然と見詰めた。
咥えたタバコから灰がぽろりと落ちた。
んー……。
人類も単体増殖すると思ってんのか。
確かにうちは男だらけだからそう思っても不思議じゃないかもな。
しかし今の技術じゃまだまだそれは難しいだろう。
そう思いつつ、健介に訊いた。
「お前学校で、赤ちゃんはどこから来るの?とか習ってないの?」
「赤ちゃん?なんで赤ちゃん?」
「なんでって、今見てきたんだろ?」
「レンの妹?あ、そっか!あれ、赤ちゃんか!それで、赤ちゃんはどこから来るの?どうやってできるの?」
しまった。ヤブヘビだった。
「……君島に訊け。あれは看護師だから詳しい」
「秋ちゃん?秋ちゃんが知ってる?」
最悪のアドバイスをしてしまったとすぐ思い知らされることになる。
健介がダッシュで玄関を開けて家に入って行き、ドアが閉まる前に大声で質問する声が響いた。
「秋ちゃん!赤ちゃんってどうやってできるの?」
「セックスだよセックス。小学生のくせにそんなことも知らないの?」
君島の甲高い声も、外までビンビンに響いた。
銃が欲しい、と原田は頭を抱え、タバコを消して立ち上がった。
そんなことを思い出しながら白い煙を吐く。
現実にこんな環境よりも母親と暮らした方が健介のためだろう。
そしてきっと、健介がいなくなるなら君島もここを出ていくだろう。
猫もいなくなって自分一人でこの大きな家で。
無駄だよな。
俺一人ならこんな家はいらない。
売ってしまおう。
どこか狭いところでまた暮らせばいい。
タバコを消して原田は家に入った。




