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原田が抱いても健介が泣きやまない。
「眠くてぐずってるんだろうね。浩一が寝かしつけてきたらいいよ」
君島がビールを持ったままそう言ったが、大きなパーカー姿の健介を見て思い出した。
「ていうか、パジャマに着替えたらいいし、それに歯磨きしなきゃっ!」
そしてベッドを飛び下りて森口の肩を叩く。
「健介の荷物、どこに置いた?」
「え、あ、あの、玄関に置きっぱなしですね、」
「そっか!」
君島が部屋を飛び出し、階段を駆け下りて駆け上がり、右手に大きなボストンバッグを下げて戻ってきた。
「よし!健介着替えるよ!」
そう言うなりバッグをベッドに乗せてジッパーを開き、原田から健介を奪い取ってベッドに降ろして座らせた。
突然のことなので健介は驚いて怯えて固まったまま君島を見上げている。
「可愛いなぁ、健介」
そう言って笑って頭を撫で、着ていた大きなパーカーを上からスポっと抜いた。
あああ、と泣きかけたところに上から肌着を被せてぎゅっと首を入れ、ああああ!と叫ぶのに構わず袖を通し、うううと身体を捻ろうとするのにも構わずに上着を被せた。うぇええと逃げようとするのを捕まえて、パンツを履かせて終了。うぁあああああと泣きだした。
こんなに乱暴でいいんだな、と原田が感心して見ている。
「それから歯磨き!浩一、抱いてて!」
そう言って一度部屋を出て歯ブラシを洗って戻ってきた。
原田が健介を膝に抱いてベッドに座っていると、君島が横に座り健介の顎を掴んだ。
「はい口開けてー」
君島がそう言うまでもなく、健介は恐ろしさのあまりに泣き続けていたので口を開いていた。小さな歯ブラシをその口に当てて覗き込むと、当然嫌がって顔を振ってうがうがと声を上げて逃げようとする。
「ごめんねー。ちょっとだけ触らせてよ。すぐ済むからねー」
のんびりとした笑い声でそう言いながら、本当にささっと歯を軽く撫でるようにしてすぐにブラシを口から抜いた。
本格的に泣こうとしたところで口から嫌な物が無くなり戸惑っていると、すぐにガーゼを巻いた指で歯を撫でられ、それが気持ち悪くてやはり健介はぐずぐず泣きだした。
「よし!終了!寝ていいよ!」
君島の許可が下りた。
眠くてぐずっている最中に無理矢理着替えさせられて嫌がってるのに口の中までいじられて、健介は悲嘆に暮れて原田にしがみつき泣き崩れていた。本格的においおいと泣いている。見ていると瞼が重そうで、頭も重そうで、このままでも寝てしまいそうだ。
「寝かせてくるよ」
原田が笑いながら立ち上がる。みんなも笑いながら手を振った。
「健介おやすみー」
「あ、あの、お願いします!」
「原田戻ってくる?」
「はい。またあとで来ます」
そう応えて廊下に出た。
その途端に健介が泣きやんだ。
唇を尖らせてぐずぐずと鼻を鳴らしているものの、静かになった。
君島のいる部屋から出たからだろうか?そんなに君島が嫌か?と原田は少し笑った。
客間の布団にまた健介を下して布団を掛けようとしたが、這い出て来て原田の膝にしがみつく。
眠いんだろ、布団に入れよ、とまた抱き上げて寝かせようとするがしがみついて離れない。
確実に眠そうで、きっと横になったら1分で落ちるぐらい。
なんとか布団で寝る体勢にさせるために、しょうがなく原田も一緒に布団に入った。
健介が寝入ったら、大和の部屋に戻ろうと思っていた。1分2分で落ちるだろうと。
予想通り健介は原田の腕の中で1分もしないうちに寝息をたてはじめた。
そしてもう少ししたら腕を抜いて大和の部屋に戻ろうと考えていた原田も、その後1分も経たないうちに寝入ってしまった。
大和の部屋で飲んだくれている連中も、さすがに1時間程経った頃には原田も寝たのか?と疑問を持ち、客間に確認にきて布団に潜っている原田と健介の様を見て笑い、もうぼちぼちお開きにして寝ようか?ということになり三々五々寝る準備を始めた。
君島と森口が客間に来て、小声で話しながらそれぞれの布団に入る。小さな電気はつけたまま。
じきに二人分の寝息が追加された。
ところで原田は、酔っ払い連中が確認に来た段階で目覚めていた。
眠りが浅いのでその程度の音で起きてしまうのはいつものことなのだが、それ以前に寝ていたことに驚いた。
自分は他人の気配があるだけで寝られない性質のはずなのに、腕の中に生き物を抱えて寝られるなんて。
と、驚いているうちに君島達が戻ってきた。
なにかをぶつぶつ言い交しながら、布団に入った気配がする。そして寝入った気配がする。
さすがにこいつらと同室では寝られないだろうなと諦めていると、君島が寝言を言い始めた。
「もうビールはいい。ワインも買ってきたよ」
君島の寝言はくっきりはっきりと発音される。寝ているとは思えないほど。
「赤飲むー。グラス欲しー」
じゃあ戻ってこないで飲んでたらよかっただろ。と原田が布団から頭を出す。
「チョコも買って来たんだよ。そっちの袋に、」
うるせぇなぁ、と耳を塞ごうとしたら、腕の中の生物がもぞもぞと動き出した。
「パパ、」
細い高い声で囁き、小さな手を伸ばして首に抱きついてきた。
「あのねー、赤と黒のチョコがあるんだけど、」
君島のそのはっきりした寝言で健介が目を覚ました。
パパー……と泣きだしそうになっている。
「赤のチョコがねー、どこかのコラボなんだよ!どこだった?」
無理だ。寝られない。健介も寝られない。
と、原田は健介を抱き上げて、布団を出て客間を後にした。