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ばたばたと駆ける足音が聞こえ、バンとドアを開けて君島が現れた。
原田はそっちに顔を向けていたし来ることを予想していたので驚かなかったが、原田の膝の上で健介が跳び上がるほど驚いた。
跳び上がって驚き、その拍子に握っていたヤクルトを落とした。
大事なヤクルトを落としたというのに、健介はそっちではなく君島から目を逸らさない。
君島も大きな目でじっと健介を見詰めている。
二人が見詰めあっているうちに、床にポテンとヤクルトが落ちた。
その音に気付いて君島が床を見下ろし、そして、ああああああ~!!!と叫びながら、それを拾い上げた。
「禁止って言っただろ?!!!なんでこんなの握らせておくんだよっ!!!」
小さな容器を高々と掲げて早速怒鳴る。
それとほぼ同時に健介も絶叫し、原田の膝から落ちそうになった。
跳び下りそうな勢いで逃げ出そうとしたから、原田がとっさに健介の腹を掴んで床に降ろすと即座に走ってソファに座る朱鷺の元に一目散に向かった。
聞こえないながらも状況は分かっているので、朱鷺は笑いながら健介を抱きとめた。
「あらあら賑やかね。あら。朱鷺の方にいっちゃったの?」
君島の後ろから現れた母が呑気に笑う。
「ヤクルトなんか持ってるから!」
君島が今度はその母を振り返り、ヤクルトを掲げたままそう訴える。
「あら。ヤクルトはすごいのよ?こんなに小さいけど栄養がね、」
「まだこんなに小さい子にはいらないの!早いの!もっと大きくなってからでいいの!」
「だってこんなに小さいじゃない。子供用に小さいのよ?」
「ちがいます!」
嫁姑バトルが始まったので、原田もソファに逃げた。
そこにはすでに朱鷺とその横にくっついている健介と奥に朱鷺の父がいる。
そういえば、と気付いて頭を下げた。
「知事にご連絡してくださったそうで、ありがとうございました」
「いやいや。朱鷺の頼みだったから」
朱鷺の父があっさり笑った。
そして原田の後ろにいつの間にか森口が来ていて、相変わらずたどたどしく何か言い出した。
「あの、あの、と、泊まるつもりはなかったんですけど君島さんが強引にそういうことにしてしまってとにかく着替えを取りに行かされて、」
わたわたとそう続ける森口に、まぁまぁ座りなさいと朱鷺の父がソファを示した。
森口が朱鷺たちの向かいに腰掛けたが、原田はソファが苦手なので大和の隣の椅子に座った。
「本当に、その、泊まるつもりはなかったのでもし迷惑でしたら帰りますので、」
森口がまだおろおろと続ける。
「いや別に泊まってもいいよ。名前さえ教えてくれたら」
朱鷺父がまたあっさりと承諾する。
「え、は、はい。森口と言います。児童相談所の職員です」
「なるほど。お疲れ様」
「いえ!そんな!疲れてないです!」
緊張している森口にはねぎらいの社交辞令も通じない。
「えっと、それで、その、さっそくですけどこの書類に、」
やはり慌てながら森口が黒いショルダーバッグから透明なファイルを取り出してテーブルに置いた。
「こちらさまの住所とお名前とご職業等を記入して欲しいのです」
森口がそう言ってる間に朱鷺父が書類を引き出し、たくさんあるなぁ全部手書きしなくちゃならないのか?とぼやくと大和がビールを飲みながら口を挟む。
「俺書こうか?」
「社長の字は読めないのでやめてください」
原田が突っ込む。
「いえ、その、全部こちらさまの書類ではなくて、そちらさまの分も混ざってまして、」
「どちらさま?」
いつの間にか君島も傍に来ていた。
「ええ、あの、家を買われるとのことでしたので、そちらの住所等も、」
「家?ああ、浩一か」
「家?家を買うの?」
今度は母も混ざってきたので大和が応える。
「そうそう、あの家買うらしいよ。うちの下の」
「うちの下?」
話がごちゃごちゃになったところに風呂上りの昴も現れて、次は誰が入るとか人数が多過ぎるよねとか健介は入ったのとか話が逸れ、
「じゃ、みんなで銭湯に行こうよ!」
と君島が提案したが、原田と健介は入浴済みだし大和はビールを飲んでしまっているし朱鷺の膝では健介が眠そうにしがみついているし、結局君島と森口の二人で銭湯に行くことになった。
帰ってきたら宴会しようね!おつまみ買ってくるね!と、君島が立ち去ると、部屋が一気に静かになった。
次に大和が風呂に行き、父と昴が眠くなったと自室に引っ込み、ダイニングに残ったのは原田と朱鷺と健介と母の四人。
そこで話が戻された。
「家を買うって、あの私の友達の家のこと?」
橘母がそう訊いてきた。