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大和の部屋着は原田には多少幅が大きいが、贅沢は言えない。
そして朱鷺のパーカーも健介には大きすぎるが、文句は言えない。
ドライヤーで髪を乾かそうと思ったが、健介が怖がったので止めて原田も濡れた頭のまま。
健介を抱いてダイニングに行くと、テーブルと奥のソファに橘一族勢揃いだった。
「夜分遅くにお手間お掛けします」
と、原田は申し訳ないので深々と頭を下げた。
「まぁ言い出したのは朱鷺だしな」
と応えた大和が咥えタバコだったため、それを見た健介が怯えて原田にしがみついた。
大和!と家族全員に詰られ、大和が慌てて火を揉み消す。
「すみません。しばらく我慢しててください」
原田が謝ると、母が笑った。
「この機会に大和も原田君も禁煙したらいいのよ」
やなこった!と応えたのは大和だけ。
原田は思案中。ヘビースモーカーでもないので大和よりはその発案に抵抗がない。
ただ、続かないだろうなという予感もある。
「二回も吐いちゃったって聞いたから、おかゆを作ったのよ。どうかしらね?」
と、母が小さな茶碗をお盆に乗せて、原田の前に置いた。
「冷ましたけどまだ早いかも知れないわ」
ありがとうございます、と健介を椅子に座らせるとテーブルに顔が届かないのでやはり原田の膝に乗せる。
茶碗に触れるとそれほど熱くないし、レンゲで掬ってみて口に当ててみても熱くない。
膝の上の健介が欲しそうに原田の手を掴むので、そのまま口に入れてやる。
「……ほーんっとうに、引き取るの?」
テーブルに頬杖をついて二人をじーっと見詰めて、昴が訊いてきた。
「……どーなんですかねぇ?」
おかゆを食べる健介を見下ろしたまま原田が応える。
「原田がどうこうじゃなく、健介には原田しかいないからそうするしかないんだよ」
昴の隣で大和が応える。
「原田君にそんな義務ないよ?」
昴が今度は大和に訊く。
「いいんだよ。義務はなくてもなんと原田には引き取る権利があるらしいから」
大和が応える。
意味わかんない。僕お風呂入るねー。と昴が笑って席を立った。
大和も一緒に席を立ち冷蔵庫を開けたところで、母が気付いて原田に訊いた。
「原田君も何か飲む?ビールでいい?」
そう声を掛けられて原田が顔を上げ、ありがとうございます、と応える前に健介が口からおかゆを零しながら言った。
「くぅと!」
くぅと?って何だ?と大和が首を捻っているうちに、母が冷蔵庫からヤクルトを取り出した。
「これね?ヤクルトが好きなの?」
そう笑顔で健介に渡そうとするので、原田が断った。
「ダメらしいです。甘い物は虫歯になるからと君島が禁止しました」
「くぅと!」
健介が手を伸ばす。
「あらそうなの?虫歯はだめよね?」
と母が手を引っ込めると、健介が原田の膝の上に立ち上がった。
「くぅと!」
「あら。一本ぐらいいいわよねー?」
と、母が笑ったところでチャイムが鳴った。
「多分君島です。それ持ってると怒鳴られますよ」
原田がヤクルトを指差した。
「あら。いやぁね。小煩いお嫁さんみたいね」
「嫁姑バトルになりますね」
「秋ちゃんで練習しておこうかしら?」
そう笑い健介にヤクルトを渡したが、原田も苦情を言う。
「一日2本も飲んだら腹壊しませんか?」
「あら。原田君も小煩いお嫁さんみたいね」
そう笑って、玄関に客人を迎えに行った。
ヤクルトを手にして健介が喜んでいる。開けてくれ、と振り回している。
孫に甘い祖母さんがいる家庭にはこんな面倒事があるんだな、とぼんやり思う。
開けないよ、と顔を顰めて見下ろしていると、玄関先から君島の声が聞えてきた。
「お邪魔しまーす!この子森口君!泊まりたいっていうから連れてきちゃった!」
そんな、友達を連れてきた小学生の息子のような君島の言葉に、原田は驚いて振り返った。