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役所を出ると、外はすっかりと夜になっている。
雪が降りそうなほどに一段と冷えた外気で、健介が驚いたように原田にしがみついてくる。
重くて邪魔ではあるけど、抱いていると温かいし、しがみついているから掴んでいなくても落ちないので案外楽。
世間のパパ並みに子供を抱き慣れて、大和に続いて原田も駐車場の車に向かう。
「そこの大通り沿いに大きいファミレスがありますから、そこでいいですか?」
森口の車の助手席のドアを開けて、飯川さんが訊いてきた。
「ありましたね。近いからそこがいいですね」
大和が応えてランクルの運転席に乗り込もうとして、君島に気付いて訊いた。
「秋ちゃんはまたそっちか?」
君島は森口の車の後ろのドアを開けている。
「ん。ファミレスに着くまでにざっくり説明しておくよ」
そう応えて、にっこり笑った。飯川さんもにっこり笑っている。
ランクルの後ろに乗り込もうとしている原田は、それを見てまた少しうんざりする。
ファミレスで健介のことを一から説明するのは確かに面倒だけれど、君島の一方的な感傷的な物語に感動されたりすることも面倒だと思う。
それほどのことでもないのに。
偶然と必然が積み重なってたまたまこんなことになっているだけだ。
一つ一つ課題を解消してきたらこうなっているだけだ。
過剰に演出して盛り上げようとするから大事に思えるだけのことだ。
と、原田は自分と自分の行動を、君島とは逆に恐ろしく過小評価している。傲慢なほどに過小評価している。
そんな原田を見上げて、ぱぱ、と腕の中の健介が呼んだ。
原田がその丸い目を見て、教える。
「ファミレスに行くらしいぞ」
「タ※△△☆゛の」
健介も何か応えた。
「そういえばお前は何を食べるんだろうな?」
「ぬш゛ねДぃー」
「おにぎり食べてたからなぁ。何でもいいのか?」
「うぅф゛」
「ヤクルトは禁止らしいぞ」
「ァクゥト!」
「禁止」
「クゥト!」
「禁止」
「ぃし」
「早く乗れよ、原田」
「はい」
大和に急かされた。
そして車で10分も掛からず暖房も効く前に目的地に到着。
こんな短時間でどこまで説明できたんだろうなと思いながら原田が車を降りると、森口の車からも三人降りた。
その三人が全員揃って目を真っ赤にしている。
健介と自分の話のどの辺りが泣くポイントなのか原田にはよく分からないが、多分そこそこ説明は終わったんだろうな、とその様子から推察する。
そして三人は、健介を抱く原田を見て、いかにも慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
そんな視線も鬱陶しいので、原田は踵を返した。
喫煙席がいいと言う大和を無視して、ファミリー向けのテーブルに案内してもらった。
健介を挟んで原田と君島が座り、その向かいに飯川さんと森口が座る。大和と朱鷺は、その隣のテーブルに着いた。
店員が水とメニューを配り終わり、健介も子供向けメニューを渡してもらったのでそれを広げて真剣に見ている。
横で原田がそれを見下ろしながら向かいに座る飯川さんに訊いた。
「このメニューから選んだ方がいいんですか?子供用食材なんかあるんですか?」
「いえ、大人と同じ物で大丈夫なんですけど、大人と同じ量は食べないですから子供向けの少量なんですよ。そのメニューは」
そんな応えを聞いて、ふーんと納得し、じゃあそのセットにするか、と呟くと健介の横に座る君島が健介の持っているメニューをバサっと取り上げた。
あああああ~っ!と喚く健介に構わず、君島がそれに一通り目を通し、原田を叱りつけた。
「全っ然ダメ!チョコ掛け生クリーム乗せパンケーキが付いてるじゃん!甘味一切禁止ってさっき言ったよね?!」
ああああああ~っ!!!と、楽しく見ていたメニューを取り上げられた健介が原田の膝に頭を擦りつけて盛大に泣きだした。
その姿を見てなんだか、そこにいる大人が全員笑い出す。
まるでなんでもない普通の家族のにぎやかな光景のようで、自分たちの身分を全員うっかり忘れた。
孤児と、全くなんの繋がりも無い赤の他人たちだということを忘れた。
しかし次の瞬間には思い出す。
誰一人この子供の身内ではない。
この程度の当たり前な団らんすら、この子供は持っていない。
そのしがみついている膝を、その小さな手から奪いたくない。
きっと子供にとっては、それが世界の全てだから。
と、君島演出による健介悲哀物語をざっくりと聞かされた飯川さんと、再度復習した森口君が涙ぐんでいる。
それを見て原田がまたうんざりと顔を顰める。
そんなテーブルに店員がオーダーを取りに来て、各々が頼んだ最後に健介には子供向けメニューの中のリゾットを君島が頼んだ。