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「え?」
「え?」
「何?」
「どういうこと?」
「何言ってんの?!」
一斉に不満の声が上がった。
「ここまで来て!今までこんなに話し合って!今やっと結論が出そうなのに何言ってんだよ!!!」
君島が怒鳴る。
「いや、結論も何も、俺の部屋にこいつを連れて行くなんてこと俺は一度も言ってないぞ」
原田が困惑気味に一歩下がりながらそう応える。
「いえ!いえ!言いましたよ!あなた、持ち家だとおっしゃったじゃないですか!あれはこの子を受け入れるという、」
せっかち上司が速攻で反論したが、
「まだ売りに出てないといいましたよ。今の俺の部屋は、幼児育成に相応しくない狭い賃貸アパートです」
原田も返す。
「もー!相応しくなくないから!あの部屋で充分だから行こうよ!」
君島が頼むが、原田も弱った顔で応えた。
「部屋だって相応しくないし、なにより俺がこいつの世話を何一つできない」
「僕がやるって!」
「お前も俺の部屋に来るってことか?」
「そうだよ!そう言ってるでしょ!」
「聞いてない」
「今聞いたでしょ!僕が浩一の部屋で健介の世話をするからもう帰ろう!」
「断る。お前と同じ部屋でなんか寝られない」
「えーっ?!!!」
その場の全員が、驚いた。
「え?あの、お二人ってご夫婦か恋人かと思ってたんですが、違うんですか?」
と、また面倒なことを飯川さんが言い出したが、面倒なのでもう誰も訂正しない。
「じゃあさぁ。浩一、どうするつもりだったの?健介を」
君島が疲れたようにそう訊く。
「俺はあの施設じゃない所で保護してもらえればと思っただけ」
「そこに置いて行く気だった?」
「うん」
「また泣き叫ぶよ。暴れて吐いて引き付けを起こすよ」
「あの施設じゃないならまだマシなんじゃないかと思うんだけど」
「甘いよ!」
呆れたように君島が吐き捨て、飯川さんも加わった。
「無理です!この子、こんなに大人しかったこと一度もないんです!薬が効かないとじっとしてなかったんです!」
その言葉に原田は何も言わなかったのに、飯川さんが続けた。
「じゃあ薬を飲ませろなんて言わないでくださいね。飲ませるのだって一苦労なんです。本当に大変だったんです。元々関谷さんにまこと君を預けることになったのも、関谷さんが薬を飲ませることも含めてまこと君のお世話が合ってると紫田の下川さんから推薦があったからです」
紫田の下川さん。
経費使い込み疑惑の中逃亡中の職員。
そして関谷さんは破産夜逃げ中。
両者に何らかの裏の繋がりがあった疑いも浮上する。
「……いったい、どうなってるの?この組織」
君島がそう呟くと、職員たちがしぼんだ。
その君島の腕が後ろからつつかれ、振り向くと少し笑顔の朱鷺が短く何かを手で伝えた。そして君島もぱっと笑顔に変わった。
「あ、あ、そうか!いいかな?いいよね?むしろいいよね!」
そしてまた職員たちに顔を向けた。
「あの、この彼の家に、僕たちみんなで泊まるっていうのはアリですか?」
職員たちは、また新たなプランの提案に顔を顰める。
「ああ、うち?まぁ、部屋はあるからな」
大和が適当に賛同する。
「いや、ちょっと待ってください、そちらの方々はまた、どちらの方々ですか?」
せっかち上司が弱り果ててそう訊く。
「どちらでもそちらでもいいでしょもう!どうせ僕らだって何の保証もないんだから!」
「いやそんな訳には、」
「知事のお知り合いよね?」
安達さんが助け舟を出す。
「ですから次長、所長に確認したらよろしいのでは?」
「知事?!そうなんですか?!」
「ええまぁ。一応、その繋がりで今ここにいるんですけどね」
「は?」
大和の応えに次長が首を捻る。
そしていよいよ本格的に健介が泣き喚きだした。
「いい加減場所移動させてください。こいつもう無理です」
原田がそう言い、健介を抱いたまま歩き出した。
「では、私も同行していいですか?」
飯川さんが次長に訊く。
「ファミレスでもう少し話を詰めます。携帯で連絡入れますので!」
「わかった」
簡単に許可が出たので大和と朱鷺もそれに続いて部屋を出て、
「君も来なよ」
と君島が森口を振り向いて言った。
森口は頷いて上司を振り向き、上司も勢いで頷いてしまい、そして森口もその勢いのままドアを飛び出した。
急に大勢が立ち去った面談室2が、一気に静寂に包まれる。
それでは私も失礼しますね、と安達さんも去った。
残された次長と上司が、今話し合われた内容と結論を胸の中で繰り返し、手元にある原田と君島の身分書を何度も目で追い、閉められたドアに目をやる。
とりあえず、担当の飯川さんが同行している。
まずは、子供の栄養補給が第一だろうからこれでいい。いいのだろうと納得する。
そして、しばらく後に上司も次長もそこを出て仕事に戻った。
階段に向かい廊下を歩く集団の先頭で、大和と原田がぼそぼそと話をしている。
「とりあえず、お袋に訊いてみるわ。お前と健介と秋ちゃんがうちに泊まるんだろ?」
「え。俺、無理ですよ」
「無理って何?」
「よその家で寝られないんで」
「なんだそれ。お前バイクであちこち泊まり歩いてんだろうが」
「ほぼ寝ないです」
「嘘つけ。じゃあ修学旅行はどうしたんだ?」
「行ってないです」
「まじか?!」
「はい」
「じゃあやっぱりお前の部屋で、……いや、泊まっただろ?前にうちに」
「泊まってないです」
「朱鷺の部屋に。三日ぐらい寝てただろ?」
「寝てないです」
「忘れたのか?バイクで逃亡したお前を俺が捕獲して朱鷺のベッドに叩きつけただろ」
「あー。あれは、社長に頭部を殴打されて意識不明の重体に陥ってただけです」
「殴る前から寝てたよ」
「寝てないです」
「お前って本当に記憶力ないよな」
大和と原田がそんな話をしているうちに、電話が繋がった。
「おー袋ー。原田と健介と秋ちゃんがうちに泊まりたいってー。うん。飯食ってから帰るよ。じゃ」
通話を切って、大和が後ろを振り向いて発表した。
「いつでも何人でも泊まってOKだってよ」