19
「じゃ、さっそく健介連れてファミレス行こうか!」
「ちょっと待て!」
「いや、お待ちください!」
「その前にちょっと!」
「まだだめです!」
お気楽に歩き出そうとした君島が、八方から止められた。
そしてまず次長が若干青い顔で原田に迫った。
「な、なによりもまず、住所氏名年齢職業を、お、お教えください!」
「あぁ、はい」
そりゃそうか、と向き直ろうとしたら、腕の中の健介がそろそろ本格的にぐずりだした。
「いや、こいつ限界です。何にも食べてないんで、」
また健介を抱き直して原田が弱ったようにそう言うと、
「お腹空いたんですか?子供向けのおせんべいなんかありますから、お持ちしますか?」
職員の一人がそういって事務所に戻った。
「ではどうぞ面談室2に、」
次長が再度みんなにそう声を掛けたが、
「身分証明するだけだよ。おせんべいなんかでお腹膨らませる気なんかないからね」
と、君島が唇を尖らせている。
「もう健介も僕も眠いんだ!」
さらにそう威張る。
いい大人の言うセリフかと呆れたものの、ただぐずる健介の代弁者と考えておけばいいかと全員急いで面談室2に移動した。
面談室2でまず健介に菓子が与えられ、原田と君島が書類に身分を記して次長に提出。確認が必要なら免許証を出してもいいのだが、と原田は準備しているが、受け取った次長がその書類に目を落としたまま呟く。
「……さきほど電話で、所長は現場判断に任せるとおっしゃったのだけれど、」
「そうなんだ!じゃ、すぐ健介連れて帰るね!」
君島が陽気に応えるが、次長は聞こえないかのように俯いたまま無視して続ける。
「……現場判断とはつまり、現場で責任を持てという意味に他ならなく、」
「次長責任でいいじゃない。僕ら明日また来るし!」
君島も懲りずに次長に応える。
「しかし私は、目の届かないことに責任は持てない、」
と、ぐずぐず言う次長にまた痺れを切らせた君島が手を挙げた。
「僕が責任持つ。これでいいでしょ?」
そんな部外者の無責任な発言にもまるで反応せずに次長が依然として俯いていると、なぜか森口も手を挙げた。
「僕も!だってこの人に預けるしかないんですから!僕が責任持ちます!」
そして手を挙げている二人が、同時に原田を振り向いた。
ダチョウ倶楽部か。
と胸の中で突っ込む。
それなら俺も!と手を挙げるのを期待しているのだろうが、絶対やらない。
と、原田は二人を睨んだまま微動だにしない。
その間に健介がお菓子箱からチョコを取り出したので君島が慌てて取り上げた。
「チョコなんか入れておかないでよ!こんなに小さいうちからこんな甘いもの食べさせられないよ!」
君島の声に驚いて健介が原田にしがみつく。
あら、ごめんなさいね、と職員がお菓子箱を持ち上げた。
「え?子供は甘い物禁止なのか?」
原田が驚いて君島に訊いた。
「うん。こんなに小さい子は我慢なんかできないからね。甘い味はまだ覚えさせない方がいいよ」
「なにか悪いのか?太るから?」
「太るのもあるけど、偏るから」
「さっき橘でヤクルトもらったけど、」
「ヤクルト?!全然ダメ!飲ませた?」
「すげー喜んでた」
「そりゃそうでしょ!甘いんだもん!さては健介!」
君島がそう言うなり、健介の頬を掴んで口を開けさせ覗きこんで叫んだ。
「ほら!子供のくせに虫歯がある!」
「そうか?」
「もー今後一切甘味禁止だからね!」
そう怒る君島に嫌がり健介が泣き叫びだし、原田が頭を押さえて宥める。
「虫歯はね。虐待のバロメータでもあるんだ。世話されてない子は虫歯が多いから」
原田を睨んだまま、健介の腕を握ったまま、君島が宣言した。
「今夜からガッシガシ磨いてやる」
健介は原田にしがみついて泣いている。
そんな君島の様子と宣言で、次長以下全職員がなんとなく納得してしまった。
この人に預けておけば安心じゃないだろうか。
そういえば看護師と言っていた。
この二人に預けておくのが今の所の最善策じゃないだろうか。
そして担当の飯川さんがおずおずと発言した。
「……あの、次長、まこと君はとりあえず、この方に抱いておいてもらうのが一番ですよね。その旨のお医者様の診断もあるそうですが、これは、私もお願いしたいです」
それから原田達を見回して、訊いた。
「ところで、あなたたちはまこと君とどういう関係なんでしょう?」
再度全員沈黙した。
説明が困難を極める。
身元不明の孤児とその繋がりが不明の若者たちが、なぜか県知事と所長という絶大な権力者の容認を得ているという不可思議な状態。
「説明は長くなる。ほとんど森口君に教えているけど、今からここで全部繰り返すのは健介が無理。お願いだからご飯食べさせて寝させて」
君島が頼んだ。
「今夜だけは許して。健介が死んでしまう」
そう言われると、職員全員弱い。
なにしろ、児童の健全育成のための機関だ。
「わかりました。まずは、食事に行ってください。その後は、あなたの家でこの子を預かりたいという希望ですね?」
次長がやっと決断して原田にそう訊いた。
ところが原田が、応えた。
「家?うち?こいつを?俺の部屋で?無理です」