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「だから森口が連れて行けば終わりだろ?」
「いえ、だめなんです。もう一回話を聞いてください」
「勘弁してくれよ。他にやることはいくらでもあるんだ。お前だって仕事しろよ」
「もう一回だけ!」
そんな言い争いをしながら、森口がまたせっかち上司を引っ張ってきた。
そして上司は、まだ帰らずに勢揃いしている男たちを眺めて、ため息をついた。
「先ほどの説明が全てですので、どうぞお引き取りください。その子はこちらで預かりますので」
そう言って笑い、原田が抱く健介に手を伸ばした。
待ってください!と言うものの森口はおろおろするだけで上司を止められない。
しかし原田が上司のその手を避けるように身体を引いて、訊いた。
「この子供を、どこに連れて行くんですか?」
「どこもなにも、紫田の施設の子ですからね。そこにちゃんと寝る場所もありますので、」
「あそこはだめです」
原田が上司の言葉を遮り断言した。
「他の場所を用意してください」
せっかち上司が顔を顰めた。
「なんのつもりか知りませんけど、その子一人特別扱いするわけにはいきません。保護した子をみな平等にしなければ子供たちの間でわだかまりが生まれるでしょう?可哀想なのはこの子一人じゃないんですよ」
そしてそう言うなり健介の腹を両手で掴み、無理やり奪おうとした。
当然健介が絶叫し、原田が上司の手を払ってさらに距離を取った。
「大人しく渡してください。この子のことを思ってくださるのは大変ありがたいです。しかしこんなことがまったくこの子の為にならないということがお分かりにならないですか?」
顔を顰めたまま上司がまるで説教でもするように声を張る。
原田にしがみついた健介がまたひくひくと泣きながら震えだした。
「あなたに懐いているようですが、あなたはこの子を引き取れないんです。残念ながらあなたに資格はないんです」
パパ、と小さく呟いて泣いている。
「こう申し上げるのもアレですけど、決して嫌がらせでこういう条件を設定しているのではないんです。子供のためであり、あなたのためでもあるのです。一生涯の問題です。たった一時期の感情だけで決めていいことではないのです。ご理解ください」
一生涯の問題なんて、俺はそんなこと言ってない。この子供を別の場所で保護してくれと言っているだけだ。
と原田が反論しようとしたが、その前に君島がわざとらしく大きな声で、感嘆したように言った。
「へー。資格とか言うんだ?さっきいろいろ条件言ってましたもんね?年齢とか所帯とか経済的なところも審査するとか?
でもそんな厳しい条件をクリアした夫婦が、今日子供捨てて夜逃げしたんでしょ?
そんな結果になるようなあなたたちの診断なんて、意味あるの?」
よりによって君島が、この上司にとって今現在ボンボンに腫れて傷んでいるアキレス腱に噛み付いた。
「そんな怪しい夫婦に4人も子供預けて、どうして浩一が一人も引き取れないの?」
「怪しい夫婦なんかじゃなかったんだ!こんなことするようなご夫婦じゃなかった!魔が差したんだ!」
噛み付かれた上司が反論する。
「魔が差しちゃうような夫婦を排除できない条件なんか意味ないよね?」
「そんなことはない!」
「条件なんか全部意味ないよ」
「いや、ある。今回のことで、さらに厳しくなることは確実だ!」
「さらになんて、」
「当然のことだ!規則や制度なんか時代や社会情勢で変化していくのは当たり前だ!」
上司がさらに声を張った。
「それに言っておくが、君たちはさらに厳しくなる以前の条件の一つも満たしていないんだ」
上司が君島を睨んではっきりと言った。
「当然だろう?こんなにも小さい子を、どうして君たちのような若い青年に預けられるんだ?この子のためになると本気で思ってるのか?」
「思ってます」
そう反論したものの、君島もそれ以上続けられない。
「頼むからその子を置いて帰ってくれ。これ以上仕事の邪魔をしないでくれ」
そして上司がまた健介に腕を伸ばそうとした。
健介は原田にしがみついて、何も見たくないとでも言うようにその肩に顔を埋めている。
しかし、あの施設に戻すというのなら、渡せない。
原田がまた身体を引いた。
それを見越して、上司は原田を睨んだまま健介の腹に掴みかかろうとした。
その時、後ろから声が聞えた。
「……条件って、25歳以上の夫婦っていうのは、養子のことよね?里親は違いますでしょう?」
長椅子に座ったお婆さんが小首を傾げて訊いてきた。
「それとも、お兄さんは養子に欲しいんですか?そうだとしても今じゃなくてもいいのではないですか?大きくなってからで」
お婆さんが原田を見上げて訊いた。
「まずは、里子として手元に置いたらいいんじゃないかしら?」