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ARROGANT  作者: co
施設
166/194

 原田がとっさに健介の頭を自分の肩に押し付けて、すぐに玄関を出た。

 それでも子供は叫ぶことを止めない。

 温かかった子供の身体が、がちがちに固まって震えて、さらに熱くなってきている気がする。


 またあれか。

 原田はそう恐れた。


 今後同じような症状があれば、健康と命に関わると医師に注意された。

 君島の要望通りにおおげさに脅したのだとしても、この小さな身体がまたあんな風に苦しむのは見ていられない。


 ここには入れない。

 この施設にはこの子供は入れられない。



 ついさっきまで泣き喚いても置いて行かなければならないと考えていた原田の石頭に、突然その決定事項の杭が打ち込まれた。


 あの医師の警告と、健介の急変。

 これが原田の気持ちを変えてしまった。



 この子供はここに置いていけない。




「社長、ランクルのキー貸してください」

 健介を抱いてその身体を庇うように玄関に背を向けながら、原田がすぐ横にいる大和の袖を引いて頼むと、振り向いた。

「なんで?」

「避難します。ここにいるとまた引きつけを起こす」

「避難ってどっか行くのか?」

「いえ。車に乗せてください。外から遮断されればそれだけで落ち着きます」

「そうか。そうだな。すぐ開ける」

 大和がすぐにポケットからキーを取り出して遠隔操作でロックを外した。

 その間に健介の叫び声のボリュームが落ちていて、顔を向けると朱鷺が健介の手を握っていた。朱鷺のおかげで少し落ち着いたようだ。

 だから朱鷺を見てランクルを指差した。朱鷺がいる方が落ち着くようだから一緒に来てくれ、と目で訴え、なんとなく意図を汲んだ朱鷺が頷いた。

 そして二人で小走りにランクルに向かった。健介の叫び声は止んでいた。






 健介の叫び声が小さくなり、遠くに消えた。

 その声が完全に消えるまで、玄関内では誰一人動かず発言もしていなかった。

 時が止まったように全員健介に注目していた。


 そして健介の気配が全て消えて、やっと口を開いたのは森口。


「……あ、あの、横井さん、呼び出されたんですか?」

 横井さんと呼ばれた小柄な年配の女性が、短く頷きため息をつきながら応えた。

「そうなのよ。私はお休みだったんだけどね。下川さんたち急にいなくなっちゃうなんて無責任ね。そういう時に限って仕事って増えるのよ」

「仕事」

 森口が繰り返しながら、傍に立っている3人の少年に目を向けた。

 少年たちは俯いて怯えるようにおどおどしている。

 その3人を見ながら横井さんが説明する。

「森口さんはご存じないわね。この子たち、関谷さんのところの子なの」

「関谷さん?」

「ええ。里親さんとして複数人預かって下さってるご家庭なんですけど、急にこの子たちを置いていってしまって。連絡もつかないんです」

「連絡もつかない?え?君たち、どうやってここまで来たの?」

 森口が子供たちに問うたが、俯いたまま返事はない。

「車で連れてきて降ろして行ったようです」

「関谷さんの自宅には戻ってないんですか?」

「自宅の電話も携帯も繋がりません」

「そんな、自宅って何区でした?」

「黄崎区ですね」

「黄……あれ?関谷さんって、」

「ご存じ?」

「関谷さんって、あの、さっきの、」


 何かに気付いて狼狽えた森口が、君島に顔を向けて言った。


「関谷さんって、さっきの、まこと君が外泊した、里親の候補の、」


 森口の説明が片言で君島が今一よく理解できないでいると、横井さんが口を挟んだ。


「そうそう。関谷さんの所はお友達も多いからまこと君もどうかしらってトライしてみたのね」


「まこと君も、トライ……」

 君島がそう繰り返して、徐々にその意味を理解した。



「まこと君って、健介のことか。トライって、さっき言ってた、里親の家のお試し外泊のことか。それが、関谷さんっていう家ってことか」

「はい、はい、そういうことです。それで、」

 森口が続けようとしたが、その前に君島が訊いた。

「この子たち、関谷さんのところの子って言ってたけど、複数人預かってくれてるって、つまり君たちも里子っていうこと?」


 3人の子供たちの中の、一番背の高い子が君島を上目使いに見て、小さく頷いた。

 一番大きいその子でもまだ就学前ぐらいの子供で、一番小さい子でも健介より大きい。みんな近い年齢だ。まだ一人前でもないが物事が分からないほどの幼児でもない。



 さっき、この子たちを一目見て健介が絶叫した。

 いつも泣き叫んでいるけれど、原田以外の誰に抱かれても泣くけれど、一瞬で顔色が真っ青になるほどの恐怖を示したことは無かった。


 ここまで急激な反応は今までなかった。



 恐らく何かされた。

 この子たちに、何かされた。

 まさか、あの身体に残っている傷痕。



 君島は、腰を屈めてその子の顔を覗き込んで訊いた。

「君たちのいた家に、さっきの子が来たんだよね?」

 年長の子がまた小さく頷いた。

「君たち、あの子に何かしたかな?」

 さらにそう訊いた。

 子供たちは、一層深く俯いた。


 君島はそこにしゃがんで下から3人の顔を見上げ、目が合った小さな子に、小首を傾げて微笑んで訊いた。




「縛っちゃった?」




 その小さな子が、泣きそうな顔で年長の子を見上げた。

 年長の子は唇を噛んだままじっと下を見たまま、俯いていた。



 それが、答えだ。



「どうして……!どうしてそんなことを!」

 間髪入れずに森口が少年たちを詰った。

 森口には君島が車の中で健介の身体の傷の説明をしたばかりだ。

 その憐れさに涙を零したばかりだったから森口の怒りの熱はまだ消えていない。

 しかしこの少年たちも怯えているので君島が慌てて立ち上がって森口を諌めようとすると、年長の少年が俯いたまま震える声で謝った。


 ごめんなさい、やらないと、僕たちが、


 そこまで聞いて、君島はその子を抱き締めた。

「大丈夫だよ。傷はすぐ消えるから。君たちもすぐご飯食べさせてもらったらいいよ。そんな家にもう戻らなくていいよ」

 君島に抱かれてその子が泣きだした。

 横に並ぶ2人も泣きだした。

 君島一人じゃ全員抱けない。森口と横井さんを見上げて助けを求めた。

 きっと臨時に呼び出されたらしい横井さんには説明しないと分からないだろうと思ったが、


 その横井さんは滂沱の涙を流して立ち竦んでいて、君島の視線に気付いて我に返り、すぐさまそこに膝をついて子供たちを抱き寄せた。


 気付かなくてごめんね、知らなくてごめんね、こんなことだったなんて、わからなくて、もう大丈夫よ、ごめんね、


 横井さんが泣きながら謝った。




 詳しい事情を知らなくても、横井さんは本質の大切な部分を理解していた。




 子供たちがみんな傷付いているという、最も深刻な部分に。

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