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ARROGANT  作者: co
施設
165/194

 再度健介を抱いて車に乗る。

 君島はあの若い職員の車に乗るらしいので、後部座席にゆったりと乗れる。

 原田が抱いている限りは大人しい健介がまた眠くなったようで瞼を重そうにして瞬きをしている。


 寒がりな子供なのでブルゾンを脱いで着せてやった。

 中のトレーナーの襟や肩の辺りが泣いたり吐いたりしたせいで汚れているのでできれば着替えさせたいところだが、何の準備もないのでまだしばらく我慢してもらう。

 食べた物も結局全部吐いてしまったからまた腹も減っているだろうとも思うけれど、これも準備がない。

 きっとしばらく経って落ち着いてきたら不満に気付くのだろうけど、今は君島の嫌がらせから逃れたことに安心して暖かい車内が心地よくて、子供は眠いようだ。


 よく寝るよな。朝から何度も寝たり起きたり。

 今日はこれの繰り返しだな、と原田が気付いた。


 今朝から何度同じことを繰り返してるんだろう。

 子供が騒いで寝て起きて騒いで寝て起きて騒いで寝て起きて。

 場所を移動しているだけで、同じことを何度も繰り返している。

 いつになったら終わるんだろうな。

 そう思い付き、つい笑った。

 すると腕の中の子供が目を開けて、原田のシャツを握って一緒に笑った。

 何笑ってんだよ、と頬を親指で撫でると子供は笑ったまま原田のシャツに頬を擦りつけた。


 穏やかな環境に置いて下さい。

 そう言ったあの医師も、この様子を見たら納得するだろう。

 それも今だけだが。施設に到着するまでの30分ほどのことだが。


 その後にはまた、地獄が待ってるんだな。この子供には。

 助けてやれるのなら助けてやりたいけど、俺にはその力がない。

 悪いな。

 そう心で謝りながら、健介の頭を撫でていた。




 戻りは30分も掛からずに到着。

 当然、すっかり日も暮れて夜になっている。施設の庭には電灯もなく、建物の玄関と窓から漏れる明かりが照らすだけで薄暗い。

 腕の中の健介はすっかり寝入っている。

 今日何度目の寝顔だろう。

 起きたらまた泣き叫ぶんだろうな。

 その満足気な寝顔を見下ろし、なるべく起こさないようにゆっくりとドアを開け、そっと外に出て車を降りた。


 遅れてランクルの横に停まった車からも、森口と君島が同時に降りて来る。

 小走りで駆け寄ってきた二人の目が、なぜか泣きはらしたように赤い。

 どうした?と驚いた大和が訊くが、二人とも笑んで首を振るだけ。


 原田はその様子に眉を顰める。

 彼の車内で何があったか想像がついたからだ。


 恐らく君島が子供の身の上を過剰に演出しておおげさな言葉で悲劇を上塗りして若者に伝えた。

 純真な若者はまんまと君島の策略に呑み込まれ、あまりに憐れな孤児の現状とか行き届いていない児童福祉の責任とか新人である自分の力不足とかをまず痛感したのだろう。

 そして、これから子供を救うために発奮する。

 君島も森口もそんな目をしている。

 なにかをやらかすつもりの目が爛々と輝いている。



 せめて健介が目を覚まさなければいいな、と原田は腕の中の子供の顔を覗きこんだ。

 無駄な騒動を目の当たりにさせたくない。

 しかし残念ながら、薄く目を開けていた。

 寒いからな。ブルゾンで包んでいても、やはり外は寒い。


 眠らせたまま置いて行きたかったけど、無理のようだ。

 健介が目を開けて、周囲に視線を走らせ、急に身体を固めて原田のシャツを握りしめた。

 寒さに気付いたのか、ここがどこかに気付いたのか。

 両方だろうな。

 一度抱き直すと、健介は両腕を原田の首に伸ばして抱きついた。

 暖かい車内にいたためか、子供の両手もその身体も温かい。

 温かいうちにまたゆっくりと寝られたらいいのだけれど、この後泣き喚くことになるだろうから無理だろう。



 こんなふうに、どうしようもないことは世の中にある。

 しかも少なくない。


 原田はこの世の理不尽もおのれの無力もよく知っているので、諦めるのが早い。望みも多くはない。

 そんな自分にしがみついていても、健介に明るい未来はない。


 原田はそう思っている。



 しかし君島と森口は違う。希望がある限り諦めなければ叶うと信じている。

 ついでに大和も原田程は厭世的ではない。

 さらに朱鷺も原田よりは楽観的だ。



 そんな集団で、再び施設の玄関を開けた。

 すでに場所に気付いている健介の身体がさらにぎゅっと固くなったことに原田が気付く。

 同時に、ドアを開けた森口が、あれ?と声を上げた。

 同時に、あら森口君お待ちしてましたよ!と年配の女性の声が聞えた。

 え?何?という君島の声も聞こえた。


 続いて原田が中に一歩入り、そして抱いている健介が玄関フロアを見渡して、


 そこに初めて会う年配の女性と、その横に立っている3人の少年の姿を見て、




 健介はあっという間に顔色を失い、原田の首に爪を立ててしがみついて、絶叫した。

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