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大和の運転は発進から乱暴なので、後部座席の真ん中に座っている子供が転げ落ちそうになったが、予想していた原田が手で押さえていたため無事だった。
日が落ちつつある街をナビに導かれてしばらく順調に走り、大通りを曲がる。その直線を進んで右に折れたところがゴールというところまできて、信号で停まった。
そこで運転席の大和が窓から外を見て気付いた。
「あれ?ここ、原田が担当した現場じゃないか?」
「元々は俺じゃなくて木嶋さんです。最終的に俺がやりましたけど」
梁を黒く塗ったことでヘソを曲げた上司が結局あの後この現場を放棄したので、原田が全て片付けた。
「木嶋さんなぁ。どうしたもんだろうな」
「どうにかできるんですか?」
「無理だよなぁ」
木嶋さんは先代社長の時からの古株社員で、ほぼ素人の新社長を軽んじている。
「この調子だとそのうち辞めるかも知れないな」
「辞めても困らないと思いますよ」
原田があっさり断じた。
おにぎりの二個目を完食した子供が、あちこちにご飯粒をくっつけて満足気に原田を見上げて、両手を開いてみせた。その両方に当然ご飯粒がごっそり付いている。それを朱鷺母にもたされたウェットティッシュと濡れタオルで拭ってやる。
「この現場に来たんだろ?その子供」
ルームミラーで後ろを見ながら大和が訊いてくる。
「そうです。すぐそこが施設ですから」
「そういえばここの施工も桃山さんだったか。あの趣味の悪いワンボックスを覚えてたって言ってたな?」
「……よくそんなこと覚えてますね」
「だってあの桃の絵って、建築業者の車に見えないだろ」
「桃業者だと思ったのかも知れませんね、こいつ」
「桃の絵を見つけて、お前がいると思って黄崎の現場に来たんだもんな」
「……なにそれ?」
君島が振り向いた。
「ここの現場に来ただけじゃないの?黄崎の現場って何?」
「ん?秋ちゃん、知らないのか?」
大和が説明しようとしたところで信号が青になり、少し進んでまた停止して続けた。
「まずはここの現場にその子供が施設脱走して現れて、原田を見つけたと」
「それは聞いた。よりによって施設の近くの現場って、すごい偶然だねって話だよね?」
「うん。それで次に、黄崎の改築現場にも同じ桃山建築が入ってて、ワゴンに趣味の悪い桃の絵が描いてあって、どうやらそれを覚えてた子供が原田を探して現場に行ったらしい」
「えっ?!」
君島が驚いてヘッドレストを掴んで後ろを振り向いた。
「それもな。この前の雪降った寒い日で、そいつ靴も履かずに原田を探して歩き回ってたんだよ」
「……!!!」
「靴下ぐちゃぐちゃにしたらしくてな。桃山社長に軍手履かされてたな」
「…………」
ヘッドレストから顔の上半分だけ出した君島の目が、見る間に潤んできた。
後部座席の三人は、それを引き気味にじっと見詰めている。
「そんなことが、あったんだ」
そう呟いた後に、君島の目から涙が一つ落ちた。
そんな君島を見て、原田が顔を顰める。
……泣いたよ。
元々涙もろいヤツではあるんだけど、到着直前に泣かなくてもいいだろうに。社長もなんで余計なことを言うかなぁ。これでまた理性が一個飛んで行ったな。
「可哀想だなぁ。健介。頑張ったなぁ」
そう言って涙を拭いて、君島が微笑んだ。
「今度は僕たちが頑張るからね!」
……こいつ。
何をしでかすんだろう。
原田は顔を背けてため息をついた。