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申し訳ないので子供を抱いたまま一応キッチンに顔を出すと、朱鷺の母がさっそくおにぎりを作り始めている所。朱鷺が手伝っている。
特に手出しできる作業も無さそうだなと思いつつ、声を掛けてみる。
「突然すみません、お手数お掛けします。何か手伝いますか?」
「朱鷺が手伝ってるから間に合ってるわね。それよりその子にヤクルトあげて。冷蔵庫に入ってるから」
「はい」
冷蔵庫の扉を開くとすぐ上の棚にヤクルトが一本置いてある。
「さっきね、マドレーヌあげたのよ。それとヤクルトじゃちょっとカロリー高いわねと思ってお白湯にしたのよね」
カロリー?子供に?変な言葉を使うなぁ、と思いながら子供にヤクルトを手渡すと、両手で握った。ヤクルトってでかいんだな、とそれを見て初めて思う。
それ用の細いストローで飲ませるのも少し怖いなと思い、椅子に座らせてヤクルトの蓋を剥いて子供の口に当ててやる。
それを少し、口に入れて舌に乗せて、子供は原田を見上げた。
そしてその小さな容器をまた両手で握り、一気に飲みこもうとしたので原田が慌てて押さえて顔にぶちまけるのを阻止した。
原田が邪魔をするので子供は不満の声を上げつつ、全部飲んでからまだ口を開けたまま少し頬を赤らめて原田を見上げた。
「美味かったのか?」
原田が訊くと、原田の持つ空容器に手を伸ばしてまた掴もうとする。
「もう空だ。それにあまり飲むと腹を壊す。やめておけ」
そう言って、不満気な子供をまた抱き上げた。
原田が空容器をゴミ箱に捨てるとまた子供があーあーと不満気に怒って口を尖らせる。
朱鷺がそれに気付いてそんな子供の顔を見て笑った。そしてその尖っている口を指でつついて、ついでにおにぎりの欠片をその中に突っ込んだ。
突然のご飯の感触に驚いて子供がびくっと止まったが、二三度噛んでからぱっと原田の顔を見た。
「美味いのか?」
原田が訊くと、子供はまだ口を開けたまま今度は朱鷺を見た。
朱鷺は、ちらりと原田に目を向けた。もっとあげていいのかな?と、目で訊き、いいんじゃないか?と原田が頷いた。
また少し欠片を摘まんで口に入れてやると、それを噛みながら子供がおにぎり本体に手を伸ばしたので、丸ごと口に当てると噛み付いた。だから口の周り中ご飯粒がくっついて、それにも構わずに子供はさらに欲しがって、両手もご飯粒だらけになり、おいおいと原田が呆れていたら大和の大声が聞こえた。
「原田ー!知事が先に行ったぞー!急げー!」
「はい、すぐ出ます!」
そう返事をして水道を使わせてもらい子供の顔と手を拭ってきれいにして抱き直し、玄関に向かう。
おにぎりと飲み物をまとめたバッグを朱鷺が持ってきてくれて、これも持ちなさいとウェットティッシュと濡れタオルを朱鷺母が持たせてくれて、沓脱に降りると子供がまたぐずりだした。
あーあーと朱鷺に手を伸ばしている。考えるまでもなく、もっとおにぎりが食いたい要求。
しょうがなく朱鷺がバッグから一つ出して手に持たせてやると、子供は包んでいるラップごとそれに噛み付いた。
ばか!ちょっと待て!と慌てて子供の口を開かせてラップを引っ張り出し、持たせたおにぎりを取り上げると当然子供は叫びだす。
朱鷺が噛み付かれたおにぎりのラップを半分剥いて子供に持たせてなんとか大人しくさせ、やっと車まで移動して待っていた君島に子供を渡そうとすると、子供がまた叫んだ。口にご飯を入れたまま叫んだのでまた顔や服に飛び散る。
君島じゃダメか、朱鷺は?と次に朱鷺に預けようとしたらまた叫んで暴れ出した。
もう原田の腕から離れたくない。しかもおにぎりも離さない。
子供は全身でそう訴えている。
ランクルに寄り掛かった大和が苦笑した。
「お前が掴んでるしかないのか。それじゃ運転無理だな、原田」
「……社長、お願いできますか?」
「いいよ」
大和が簡単にドライバーを請け負い、ついでにヘルパーも依頼した。
「その子供の世話、原田だけじゃ不安だから朱鷺も乗ってくれ」
朱鷺を見てそう頼んだが朱鷺が見ていなかったので母が通訳し、改めて朱鷺が頷いた。
そして君島がやはり助手席に乗り込み、子供を抱いた原田と朱鷺が後部座席に乗り込んだ。