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ARROGANT  作者: co
健介
152/194

12

「戻るか」

 原田がそう声を掛けると君島が頷き、開いて一つ抜いた紙オムツの残りの袋を原田に渡した。

 それを片手に持ち、片腕で健介を抱いて、原田はドアを開けて売り場に戻り会計に向かう。

 ちょうど客が途切れたところで、カウンターに破れた紙オムツの袋を置いて、それから尻に入れた財布を取り出して、レジのおばさんに礼を言って精算してもらった。

 メンバーズカードはお持ちですかとかいりませんとかのやりとりの間に汚れ物を始末した君島が追いついてきた。


 君島もレジのおばさんにお礼を言うと、おばさんがにっこり笑った。

「そろそろオムツ取れそうなんでしょう?うっかり替えを忘れちゃうわよね」

 そう言われて、君島が曖昧に笑う。

「お休みだからお父さんとお出かけなのね。お尻キレイになってよかったね!ボク!」

 そう言われて原田は顔を顰めて、健介もおばさんをじっと睨む。



 確かに、小さな子供を抱いて紙オムツの袋を下げた原田は休日の買い物帰りのお父さんにしか見えない。

 それに付随する僕は、と考えると腹が立つので止めて、君島が再度お礼を言って二人を促して出口に向かう。

 自動ドアが開くと、暖かい店内に冷気が一気になだれ込み、そういえば冬だったと思いだしてコートの襟を掴んだ。そろそろ夕方になるからさらに冷えてくる。早く車に戻ろうと原田の後ろを歩いていると、前から何か聞えた。

 顔を上げると、原田の肩の上から健介が君島を睨んで、手を伸ばしていた。


 眉間に二本皺を刻んで唇も尖らせたまま、果てしなく嫌そうな顔で健介が君島に小さな手を伸ばしていた。


 驚いて、君島はその顔を凝視した。

 親の仇でも見つけたかのように歪んだ顔でまっすぐ君島を睨んでいながら、開いた右手を伸ばしている。


 そんな顔のまま健介が口を開いた。



「だっこ」



 その声に原田も気付き、健介を見下ろし、健介が睨む君島に目をやり、また健介に目を戻す。

 するとまた健介が繰り返した。



「だっこ」



 そう言って、健介は君島に手を伸ばしている。

 原田はまた君島を見た。


 君島も原田を見た。




 空耳?もしかして同じ空耳聞いてる?それか聞き間違い?何か間違ったこと聞いた?


 君島は出会った最初から健介に拒絶されている。さっきも嫌々無理矢理オムツを替えた。原田が掴んでいなければ無理だった。

 そんな健介が、何て言ってる?多分聞き間違いだよね?

 と、二人で目で会話していると、健介が、伸ばしていた手を戻して原田の肩を両手で押して、原田の腕から抜け出そうとした。

「あ!ちょっと待て!」

 急に健介が動き出したので原田が慌てて紙オムツを持ったまま左手でその背を押さえ、後ろにいた君島も駆け寄って両手を出した。


 健介がまた、だっこ、としわくちゃな顔のまま君島に言った。


 原田が驚いたまま君島の方を向き直ると、健介が君島に両腕を伸ばし、それを見て君島も驚いたまま両腕を差し出して、その身体を受け取った。



 君島の両腕に収まり、健介はまだ顔を歪めたまま君島の首に両手を伸ばす。

 そしてぎっちり抱きついて、健介は、ふぅぅ、とため息をついた。

 君島は目を見開いてその頭頂部を凝視している。



 君島に抱きついて健介が漏らしたジジィのようなため息に、原田が首を傾げる。

 何か引っかかった。


 ……何度か聞いたな、このため息。

 お前はジジィかと何度か笑った覚えがある。

 何の時?

 冷えた身体を抱き上げた時。冷たい足を握った時。


 つまり。


「……そういうことか」

 そう原田が笑った。



 原田が鼻で笑ったのを見て君島が縋るように問う。

「何?何なの?健介、すごーく嫌な顔したまましがみついてるんだけど!」

「うん。嫌だけどしがみついてるんだ」

 原田は笑ったまま、踵を返して車に向かった。

「どういうこと!こんな、ぐちゃぐちゃな顔で睨んで抱きついてるってどういうこと!」

 君島が原田を縋るように追う。

 原田は笑いながら何も応えずに車のロックを開けた。

「浩一!」

「乗れよ。寒いから」

 そう言って原田はさっさと運転席に乗り込んでしまった。

 君島も、不機嫌に膨れた顔の健介を抱いたまま助手席に乗った。

 君島がシートベルトを着けたところでエンジン始動。


「それで。どういうこと?これ」

 君島が、唇を尖らせたまましがみついている健介を指差して訊いた。

 原田は、サイドミラーを確認してシフトをドライブに入れてから、応えた。


「寒いんだよ。そいつ」

「……え?」



 相変わらず、前後全て省略した原田の答えにならない簡潔すぎる説明。



「意味わかんないよ!ちゃんと順序立てて説明してよ!」

「え?わかんないか?」

「わかんないよ!」



 そして十分な説明をしたと思ってる原田は、順序立ててと言われてもどこがスタートなのかわからない。悩んだ結果これから説明する。

「えーっと。そもそもお前、体温高いだろ?」

「……はい?」

「夏でも冬でも手が熱いだろ?」

「……まぁ。冷え性ではないよ」

「だからだよ」

「わかんないって!」



 結局答えになってなかったが、もう面倒なので原田は説明を終了。

 全然意味がわからなかった君島だが、抱いている健介が眉間のしわを消さないまま、目を閉じてうとうとと頭を預けてきた。

 君島のコートを握って、頬を押し付けてくる。

 小さな背中に手の平を当ててやると、ふぅ、と寝てしまった。


 それでなんとなく、原田の言った意味がわかった。

 健介は今日散々君島に掴まれたり抱かれたりされたから、その手の温かさを覚えたのだ。

 今は寒いからその温かい君島の手が欲しいのだ。カイロ代わりに。

 そんなことかと君島はがっかりした。



 君島はがっかりしているが、健介はぽかぽかと気持ちよく寝ている。

 それほど君島の手は温かい。というよりも熱い。




 原田もそれを知っている。



 何度かその熱に振り回されたことがあったから。

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