6
嘘つき
嘘つき
お風呂の中で健介はその言葉を繰り返す。
父さんは嘘つき。
お母さんが生きていた。
ずっと僕を探してた。
火事で死んだなんてひどい嘘をついていた。
秋ちゃんも嘘つき。
父さんは僕を宇宙一大事だなんて。
こんなに簡単にお母さんに返した。
死んだなんて騙していたお母さんに。
いいんだ。
僕はこれからお母さんと楽しく暮らしていくんだ。
どうせ僕なんかいらない子なんだから。
僕だって父さんなんか秋ちゃんなんかいらない。
健介は湯船で顔を覆った。
その時、かちゃっと、ドアが開いた。
目を向けると、
全裸のお母さんが、髪をまとめて上げて、ハンドタオルだけ下げて、入ってきた。
健介は驚き、バスタブに強く背中を押し付けた。
「背中、流そうか?健介」
健介はぶんぶんと首を振り、目を背けた。
普段から風呂は一人で入るし、一緒だとしたら君島くらいのもので、当然女性とは、大人の女性と入浴した経験は今までない。
お母さんだとしても、健介にとっては昨日初めて会ったばかりの大人の女の人なのだ。
「僕、上がる」
そう言って立ち上がる健介を、お母さんが両腕で掴んで抱いた。
初めて柔らかい大人の女性の素肌を全身で感じて、
健介は混乱した。
いくら僕が小学生でも、いくら本当の母子でも、まだ全然話もし足りないのに、全然わからないのに、これは何
そしてお母さんの手が健介の背中を這いまわった。
混乱して硬直する健介の耳元で、お母さんが呟いた。
「やっぱり……。そうなのね」
そしてお母さんが健介の身体を離し、健介の目を覗き込み、告げた。
「お尻の下に、傷痕があるの知ってる?」
健介は黙ってお母さんを見詰めた。
「そこだけじゃなく、背中にもね、太ももの裏にもね。タバコの、」
そこまで言って声を詰まらせた。
「お父さん、タバコ吸うでしょ」
「……うん。止めてないよ」
「火を、押し付けたの。その痕がある。あの人、前からやってたの」
温まったはずの身体から血が抜けていくような気がした。
健介はよく泣く子だったって言ったでしょ?
あの時からそうだったの。
泣けばいらいらしてずいぶんひどいことしてたの。
前はこんなところになかったのに。
こんなことするならどうして私から健介を取り上げたの
お母さんがそう言って泣いた。
健介の濡れた身体が冷えていく。
同時に、心も冷えていった。
僕は本当に、いらない子だったんだね。
父さんって、そういう人だったんだね。




