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ARROGANT  作者: co
健介
147/194

 子連れで朱鷺の家まで行くことになり、底がペラペラで崩壊寸前の小さな靴をまた履かせ、大きすぎてほぼ上掛けのような原田のブルゾンをまた羽織らせた。

 ばたばたとまず君島が部屋を出ていき、次に朱鷺が靴を履いてドアを押さえて振り向いて、健介を抱き上げた原田が出てくるのを待っている。

 悪いな、と言いながら鍵を掛け、健介を抱きなおして階段を降りている途中、駐輪所の明るい緑色に気付いた。

 カバーも掛けずに放置されている愛車。

 忘れていた!と原田は朱鷺を振り向き、抱いている健介を預けて部屋にバイクのキーを取りに行こうとしたが、健介が暴れて拒み、そんな暴れん坊を朱鷺にも拒まれ、しょうがなく抱いたまま部屋に戻ってキーを掴んだ。

 そして駐輪所まで来て、せめてバイクを片付けている間は朱鷺に掴まえててもらおうと思ったのだが、やはり健介はその手を拒んだ。拒まれた朱鷺も無理に健介を拘束はしない。

 じっとしてろよ、と言い含めると健介はその通りにじっと動かない。

 それを確認してから、原田はイグニッションにキーを差し込んだ。


『案外聞きわけがいいよね』

『でも僕らには懐かないみたいだね』

『本当は浩一の子なんじゃない?』

『でも似てないよ。天龍だもん』

『天龍にも似てないったら』

『だって健介にも似てないよ』

 朱鷺と君島が笑っている。

 そんな下らないやりとりを、健介はまた目を丸くして見上げている。

 気付いた朱鷺がしゃがんで健介の目を真っ直ぐ見て、またゆっくりと指で示した。


 ケ・ン・ス・ケ


 健介は笑って朱鷺の指を掴んだ。



「よし。終了。行くか」

 カバーシートのバンドを締めてから手を払って原田がそう言うと、朱鷺の指を握っていた健介がパッと身体を返して駆けて行った。

 そして原田は当然のように両手を広げて飛びついてくる身体を抱き上げた。



『本当に原田さんの子かもね』

『ね』

 それを見ていた朱鷺と君島がそんな会話をした。



 地下鉄の駅まで結構な距離を歩く間、健介が抱かれていることに飽きて降りて歩きたいとぐずりだしたので降ろしてやる。しばらく歩くと疲れたから抱けとぐずり、原田が抱き上げる。

 二度目に抱き上げた時に君島が、甘やかせ過ぎ、と窘めたが原田は聞き流した。


 地下鉄の車内では、轟音が怖いらしく健介は原田にしがみついて窓の外の不気味に流れていく黒い壁を凝視していた。

 到着した駅に降りて地上に登り、明るい陽射しの中を朱鷺の家に向かって歩いて行く。葉を落とした大木が両側から迫る曲がりくねった長い上り坂。

 その途中でまた降りたいと健介がぐずり、しかし坂道にすぐに疲れて短時間でギブアップしてまた抱き上げてもらい、地下鉄での精神的疲労もあったせいか原田に抱かれたまま寝てしまった。


「重いな……。子供って寝ると重くなるんだな」

 原田がぼそっと呟くと、君島が振り向いて健介の寝顔を見て笑った。

「寝たんだ?寝ると可愛いよね」

 そう言って原田を見上げた。


「寝ると重くなるのは子供だけじゃないよ。浩一だって重くなる。浩一なんか元々重いのにさらに重くなる」


 そう続ける君島に、知ってんのかよ?と言いたくなったが、知ってると言われるのも面倒なので反論しない。


「僕が代わろうか?」

 と両手を出してきたので、ぼちぼち疲れたのでお言葉に甘える。

 そして楽になった両腕をぶらぶらと解していると、あ、起きた?という君島の声と同時に健介の叫び声が響いた。

 パパーっ!だ。

 結局健介を離していたのは正味1分。また原田の腕に戻ってきた。

 原田に抱かれて健介がまたうとうとし始めたが、もう君島に預けるのは諦めて重い荷物を抱いたまま坂を登る。


 坂の途中で、例の物件の門が現れた。

 大仰な鉄製の格子状シャッターから庭が見える。枯れた色の芝が短くなっているので、整備には来たようだ。

 先日下見させてもらった後に、多少芝を整えるぐらいでいいんじゃないですかね、と連絡をしたがその際に、まだ正式に売出しは掛けてないがすでに営業マンの口コミで興味を持っている客がいるという返事を聞いた。



 長い長い坂道を登り切り、やっと朱鷺の家の塀が見えてくる。

 そして門扉を開けてもさらに玄関まで遠い。

 朱鷺の家まで歩いてきたことは今まで一度もなく、しかも子連れでこの坂を登るのはさぞかし辛いだろうと思ったが、実際歩いてみるとそれほどでもない。

 ただ、二度とごめんだ。

 と、やっと到着した玄関ドアを見上げて原田は息をついた。



「あら、朱鷺。早かったわね。まぁ秋ちゃんお久し振り。原田君も一緒なの。それで、その子はどうしたの?」

 玄関先に出てきた朱鷺の母に、一通りの挨拶されて当然の質問もされた。

 朱鷺が笑いながら母に何かを伝えて、それを見て驚いてまた訊いてきた。


「あら!原田君の?秋ちゃんじゃなくて?」


 何を言ったんだ朱鷺、と原田は顔を顰めたが、君島がさほど驚きもせずに説明した。


「捨てられた孤児らしいんですけど、浩一にしか懐いてなくて浩一が引き取る手段がないか知りたいんです。そしたら朱鷺ちゃんが県知事が家にいるっていうから、会えないかなと思って連れてきました」

 そんな君島の衝撃の告白に、母は多少驚いたものの真っ当な持論を展開した。

「孤児?みなしご?原田君が育てたいの?無理よ原田君一人じゃ。子育てってそんな甘くないのよ。それに子供が欲しいならまず結婚するのが順序でしょう?」

 ほら。余計な説教された。原田は苦笑して俯いた。


「まぁ、秋ちゃんが一緒に育てるっていうならなんとかなるかも知れないけど」

「そうでしょ?僕も一緒に育てるんです。それにこの子、ずいぶん虐待されてたみたいで全然人に懐かないんです。今現在浩一にしか懐いてない。今浩一と離されたら死にます」

 おい。お前何勝手な物語作ってるんだ?と原田は呆れて君島を見下ろす。ただ困ったことにそれが全く的外れではない。君島がどこからその判断をしたのか知らないが。

「あらそう。それは困ったわね。桑島さん、なんとかしてくれるかしらね?」

 そしてそんなふうにあっさりと持論を翻す朱鷺母にも驚いて、原田は目を剥いた。


 そこにいつの間にかいなくなっていた朱鷺が戻ってきて、原田と君島に手招きをして君島に手話を示した。君島がそれを原田に通訳した。

「県知事が裏庭にいるって。会ってくれるって。行こう」


「それじゃその子は預かるわね」

 母が健介を抱こうとするので原田が驚くと、君島が続けた。


「まずは子供抜きで事情を聞きたいらしいよ。僕らだけで説明しよう」

 じゃ、お願いします、と健介を渡して、朱鷺を追って裏庭に向かった。

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