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君島がまた訳の分からないことを言っているので、原田は無視した。
すると君島は立ち上がり、原田の抱く子供の目線まで顔を傾げ、今度は子供に話し掛けた。
「そうだろ?お前もこのパパじゃなきゃダメなんだろ?」
さっきまで散々嫌がらせをされていた子供は、当然返事もせずに君島を睨んでいる。
返事がないので、君島は子供の耳を引っ張った。子供はまた甲高い悲鳴を上げて原田の首にしがみついた。
原田はうんざりと子供の頭を抱くように押さえ、君島から庇うように背を向ける。子供は原田に抱きついたまま大声で泣いている。
そんな子供の頭を指でつつきながら、君島は笑った。
「よく泣くよねー。僕が来てから泣きっぱなしだねー」
「お前が泣かせてるんだろ」
「子供は泣かせてなんぼだからねー」
子供が徐々に泣き止んで、ぐずぐずと鼻を啜っている。
もう子供に手を出すのをやめて、君島が続けた。
「これだけ泣くし、あれだけ暴れるし、かなり手に負えない方だと思う」
「お前が泣かせてるんだろ」
「うん。僕は慣れてるからどれだけ暴れてても押さえ込むテクは持ってるけどね。でもそうじゃないと、この子は大変だと思う」
「だから何だ?」
「浩一には大人しく抱かれてる。僕は触るだけで泣きわめくのに」
そんなことを言われて、原田は黙った。続く言葉が予想できたからだ。今まで何人に同じ言葉を言われたかわからない。
本当にあなたの子供じゃないの?
それに近い言葉を君島も口にするのだろうと思った。
しかし、違った。
「ここまで暴れるなら、それでこの小ささなら、手に余す大人は身体に言って聞かせるだろうね」
まだぐずぐずと鼻を鳴らしている子供の頭を押さえたまま、君島に目を向けた。
「言葉が通じないんだ。浩一以外の大人はきっと、身体に覚えさせようとするだろうね。暴れちゃいけないってことを、身体を縛って教えるだろうね」
君島の言葉に、ぞくりとした。
まさにそういう傷が、子供の身体に刻まれている。
「よそでなんかやっていけない。浩一が引き取らなきゃ、この子供は死ぬよ」
しかしその論理の飛躍に原田は首を振った。
バカ言うな。なんでそんな非現実的な話になるんだ。
首を振る原田を見上げて、子供が呼んだ。
「パパ」
見下ろすと、子供がもう泣いていない。
黙り込んだ原田を心配そうに真っ直ぐ見上げている。
その丸い目とかぐちゃぐちゃな髪の毛とか小さな手とか細い首とか、確かにもうすっかり見慣れてしまった。
だからと言って。
原田はふと笑った。
「無理だよ」
そして君島を見て続けた。
「若いし独身だし子供嫌いだしな。里親になれるはずないだろ」
「独身だって養子縁組ってできるでしょ?」
「それは大人同士の話だ。本人の意志を確認できるからな」
「それだって本人の意志でしょ?」
君島は原田の襟を離さない子供の手を指差した。
原田もそれを見ながら応えた。
「それを家裁や県知事が認めたらな」
「県知事?」
という君島の問いと、変なリズムで鳴るチャイムの音が重なった。
「朱鷺だ……」
新たな来客に、原田がため息をついた。