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休日必ず暇な君島は、だいたい原田の部屋を訪問することにしている。
たくさんいる「彼女たち」は土日祝日の休日を正規の恋人または亭主に提供するので、君島とは平日に会うことになっている。
そう考えると休日に会うことの多い君島と原田はまるで恋人か夫婦のようなものかも知れない、などとは冗談でも口にはできない。
そんなことを原田に言ったら、間違いなく部屋の出入り禁止になるので。
それに今日のような天気の良い休日は不在のことが多い。原田の趣味は、バイクだから。
電話で確かめようにも原田は君島の着信をほぼ取らない。そして部屋にいても居留守を使われる。
それでも懲りずに君島は原田の部屋を訪ねる。
いないんだろうなと思いつつも原田のアパートまで来て、駐輪所を見て少し驚いた。
原田のバイクがある。それも、シートを剥がした状態で。
ここまで来てなんだけど、いるとは思わなかった。こんな晴天の休日に。
もしかしたらこれからツーリングに行くところ?こんな昼過ぎから?いつも出掛けるとしたら朝早くからいなくなっているのに。
そんな不可解さに眉を顰めながらも、今部屋にいるという証拠ではあるから君島はとりあえず階段を登って原田の部屋の前に立ちチャイムを押した。
しかし鳴らない。
もう一度押す。
鳴らない。
鳴らない?鳴らないって何?電池切れ?
君島は首を傾げながらドアノブを掴んだ。
もちろん開くとは思ってなかった。開かないことを確認しようと思っただけだった。
だから結構思い切り引いた。
それが、開いた。
開いたドアを掴んだまま、君島はびっくりしていた。
開いた?なんで?なんで開くの?
開くはずはないのに。
原田は部屋にいてもいなくても必ず施錠する。だから平常時原田の部屋のドアを君島が開けられることは絶対ない。
そういえばさっきのバイクもおかしかった。
浩一がバイクをあんな丸裸で放置しておくことはありえないのに。
君島はそんな怪訝な気持ちを抱きつつ、玄関に入り靴を脱いだ。
そしてリビングに入り、壁に付いてるインターホンを見て、また驚いた。
インターホンの受話器が、外れてぶらさがっている。だからチャイムが鳴らなかったのだ。整頓魔の原田がこれを放置するはずはない。
平常時の原田にはありえないことがここまで積み重なっている。
平常時ではないということ。
君島はひやりと恐怖を覚える。
なにかあった。多分ここでなにかあった。
浩一の身に何か起こった。
何が、
君島は逸る鼓動を抑えるように手で胸を押さえ、室内に顔を向け、また衝撃を受ける。
散らかったことのない原田の部屋が、無残に荒らされている。
そして部屋の奥の窓の傍で倒れている原田を発見した。
ショックで身体が動かなかった。息もできなかった。手で押さえている心臓だけが速い。
目に映る原田の横臥姿は、向けている背中を曲げて、投げ出した脚も曲げ、頭部は肩の陰でしっかりは見えない。
強盗傷害、あるいは強盗殺、
まだ息を止めたままそんな言葉を頭に浮かべ、君島はまだ動けない。
それから、原田の格好に気付いた。
バイク用のブルゾンとジーンズ。
ツーリングに行くつもりだったのだ。そのつもりで駐輪所のバイクのシートを剥がしたのだ。
そこで何かが、
やっと息を吐き、原田の元に駆け寄った。
身体は無傷に見える。着衣にも引っ張られたような跡も見られない。ただ、頭部はどうなのか、
そんなショックとパニックの中で原田の状況を確認していた君島だが、
原田の腕の中に予想外の異物を発見して、別のショックを受けてまた呼吸を忘れた。
そのショックが大きすぎて、遺体になったんじゃないかと恐れていた原田に声を掛けられたことには驚かなかった。
「……なんだ、お前」
「こ……いち、これ、」
「勝手に上がってくるな」
そう言って、原田は腕の中で寝る子供が起きないように、ゆっくりその頭の下から腕を抜いた。
実は原田は眠りが浅いので、君島が玄関のドアを開けた音で目覚めていた。ただ、寝起きが悪いので今まで動かずにいたのだった。
そして君島はまだ驚いている。
「何……それ、」
「子供」
「……え?」
寝起きの悪い原田は君島の問いに不機嫌に短い応えを返し、子供が目覚めないことを確認してゆっくりと立ち上がった。
「ど、どこの、子?」
「知らない」
そう即答して原田は君島を一瞥もせずに頭を掻きながらキッチンに向かった。