5
拓海を送り届けてから戻ると、鍵を掛け忘れた自宅から猫が消えていた。
自分が戻れば必ず玄関まで迎えに来る猫だ。
どこかで倒れているのかと原田はまた家中探した。
ただ健介と違って猫が入り込める部屋は限られている。
移動可能範囲内を全て捜索して、どこにもいないことを確認した。
外に出たのだ。
マックスは完全室内飼いで外に出したことは一度もない。
野良で生きて行けるはずがない。
原田はまた玄関を出て庭の電気をつけてマックスを呼びながら探した。
当然見つかるはずもない。
野良で生きて行けるはずもないし、逃げた猫が見つかる可能性も低い。
失敗した。
さっき出る時慌てていたからマックスが一緒に出て行ったことに気付かなかったのか。
原田は一縷の望みを繋ぐために、マックスの皿にフードを入れて庭に置いた。
家に戻り着替えてダイニングに向かう。
ここに一人でいるのは珍しいことではない。
君島はそもそも家に居つかない男だし健介は早く寝る子供だ。
それでもついさっき健介を渡した気持ちの重さが原田を沈めている。
わかっていたことなのに。
いつか手放す子供だと思っていた。
ずっと覚悟して暮らしてきた。
それなのに。
原田はため息をついて、テレビをつけた。
見たこともない芸人が面白くもないことを言って作り物の笑い声が被さる。
ヒステリックなやりとりにうんざりしてすぐに消した。
テーブルに頬杖をついて、健介の椅子に目をやる。
小さな頃は子供用の木製の椅子に座らせていた。
ずり落ちないように腹の前にバーを固定させているのに、隙を見てはすり抜けて走り回る子供だった。
それを君島が大騒ぎして追い回す。
あの頃ここは本当に騒がしい家だった。
こういうのを、ぽっかり穴が開いたような、って言うんだろうか。
ぽっかり穴。
という気もしない。
穴、というよりも、闇。
健介の椅子からずっと闇が続いているような気がする。
多分健介が暗闇を恐れる子供だったから。
寝る時も必ず小さな灯りが必要な子供だったから。
過去形か。
原田は首を振って、冷蔵庫を開けた。
ヤクルトが一本ある。
一本しかない。明日健介が飲むからこれは、
そう考えてすぐにまた首を振り、それに手を伸ばした。
もう必要ない。
そういえば晩飯を食べてない。
ヤクルト一本だな。
原田は笑った。