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ARROGANT  作者: co
8年前2月
138/194

 あれから数日経った土曜日。

 雪も溶けて空も晴れ渡り、今日は暖かい。

 週末なので天気予報はいつものお天気お姉さんではないが、原田はやはり疑わしげに眺めつつ歯磨きをしている。

 そして今日のスケジュールを考える。

 先日の雪のせいでずれこんだ現場は今日も動いてはいるが、原田は休み。久しぶりに晴天の週末。


 今日のスケジュールなんて考えるまでもなく、バイクだ。休日に晴れるなんてここしばらく無かった。春にはまだ遠いが完全冬装備でショートに行こう。

 そう頭で考えるのに、それと同時に小さな顔が思い浮かぶ。

 なぜだろうと頭を振ってその原因を探ってみた。



 簡単なことだ。

 去年の会社までのショートツーリングの終わりに、あの子供と出会った。

 だからバイクから連想してあの子供の顔が浮かんでくる。

 それだけのことだ。


 そして思い出した。

 あの子供に会社のブルゾンを着せたまま施設に置いてきたので回収に行かなければならない。

 あれ以降はやはり雪の影響で仕事が立て込み、勤務時間内外も取りに行っている暇がなかった。休み明けも恐らく暇はない。

 とりあえず世間が動き始める時間になったら取りに行くか、と午前中のスケジュール決定。そんなつまらない用事が発生して、原田はがっかりした。


 でもまぁ、その後少し走ろう。山は雪が残っていそうだから高速で南にでも。

 そんな風に午後の予定もざっくりと立てる。

 そして適当に掃除や洗濯で時間を潰した後に、完全防寒仕様に着替えてブルゾンを入れる用のツーリングバッグとヘルメットを下げて駐輪所に降りた。

 またしても久しぶりのショート。エンジン掛かるのか?と思いつつセルを押すと、不機嫌そうに始動した。



 空は晴れ渡り日差しは眩しいが、風は当然冷たい。カバーしていてもヘルメットの下の顎が寒い。それでもスピードは出す。久々のバイクだから。

 頻繁にストップアンドゴーを繰り返す街乗りでウォーミングアップをして、ブルゾンを返してもらった後は高速で飛ばす。

 どこまで行こうか。どこで降りようか。海沿いはここよりも風が強いんだろうな。それでも行くか。そんな計画で頭はほぼ一杯だった。


 大通りから一本曲がり、直線をしばらく走る。この先を右折すればあの施設。その右折レーンで信号に引っ掛かり、バイクを止める。ギアをニュートラルに入れて両足を降ろし、顔を上げた。

 ちょうど右に、担当した新築が建っている。桃山社長が梁を黒く塗ってしまった現場。母屋の造作途中から工事の始まった庭ももう出来上がっている。

 花の季節ではないが、緑と葉牡丹が落ち着いた彩を見せている。そしてこれから植えられるであろう場所が空いている。そんな希望に満ちた敷地に目を向けて原田は微笑んでいた。



 その笑顔が、一瞬で凍った。



 これから取りに行く予定の原田の会社用ブルゾンが、歩道を歩いている。

 紺地に脇や袷の部分にグレーのアクセントを付けた、地味だが特徴的なデザイン。見間違うことはない。

 それが、くるりと顔を向けた。



 あの子供だ。



 あの子供なのだが、原田は何も判断できず絶句して硬直した。

 原田は硬直していたが、子供は違った。

 原田の姿を見つけた途端、走り出した。



 ぱぱ、と叫びながら、歩道から車道の右折レーンに停まっている原田に向かって。

 段差があるからせめてそこで転べばよかったのに、子供は器用にそれを飛び下りて駆けてきた。



 対向車線には、交差点を左折したトラックが突っ込んで来ていた。




 轢かれる




 そう思う前に、クラッチを握りギアを落としアクセルを開け、


 原田はトラックの前に飛び出し、反対車線真ん中で、子供を庇う場所で、バイクを止めた。



 何も考えていなかった。

 頭の中は真っ白なまま、迫ってくるトラックの冷静な顔が大きくなるのを見ていた。

 何も考えていなかったが、だめかな、という思いだけ()ぎった。



 そしてそのトラックは冷静な顔のまま、頷くように前のめりになり、大きなブレーキ音を立てた。

 エアの抜ける音と共に身震いするように揺れ、やっと停まったトラックがまたその顔を上げた。


 原田にとっては、長い時間だった。


 直前、というほどでもなかったが急ブレーキでなければ止まれなかった距離は、原田まで2m。

 直後にホーンの太い音と運転手の怒鳴り声が響いた。


「何やってんだよっ!死にてぇのかっ!」



 やっと、原田は息を吐いた。

 子供の姿を見た時からずっと止めていたままだった。

 呼吸を思い出し酸素が身体を巡るようになると、途端に力が抜けた。

 くたりと俯き息を弾ませる。

 視線を動かすとハンドルを握る両手が震えている。ステップに置いている足も震えている。


 そこに、子供がいた。

 原田の右足の横に、子供が立っていた。


「パパ」

 子供がそう呼んで、原田を見上げていた。



「早くどけよ!兄ちゃん!」

 ホーンを鳴らしながら運転手が怒鳴っている。

 原田はまた大きく息を吐いて、左足でスタンドを蹴りだし、バイクを降りた。

 そして右側に回り、その子供を両腕で抱き上げる。子供は慣れたように原田の首に腕を巻き付ける。

 それからトラックを向き直り、原田は頭を下げた。



 原田が抱き上げた小さな姿を見て、トラックの運転手は初めて自分が子供を轢き殺す寸前だったことを知った。

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