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「んで、この子供はいったい何なんだ?」
「……俺も全然わかんないんですけど、君島の説によると、捨て子」
原田が社長の質問に小声で応える。
子供は、誰に触れられることも暴れて叫んで拒んだ。
特に女子社員を指一本触れられたくないと言わんばかりに拒絶した。
だから結局、原田が子供を抱いてソファに座り足をタオルで拭いてやっている。
社長は後ろからそれを眺めている。
「去年、アパートの自転車小屋で一人でいたので警察に連れて行ったんです。そこでも捨て子だろうと言われました。
先月の紫田の現場にまた一人で現れて、たまたまその現場の近くの施設に入ってたらしいのでそこに戻しました。
今日は……。黄崎の改装現場なんですが、たまたま紫田の新築と同じ桃山さんが施工だったので、多分あのワンボックスの絵を覚えてたんだろうと、」
「桃山さんのワンボックス?ああ、あの桃の絵か?あれ趣味悪いよな?」
「ノーコメント」
「でも確かに覚えやすいって言えば覚えやすいな。目立つしな」
「そうですね」
「で、お前の子供なの?」
「話聞いてたんですか?」
「聞いてたけどよくわかんなかった」
原田は大概の説明を省略し過ぎる癖があり、社長は10聞いても1しか飲みこまない人なので、常にほぼ会話にならない。
「お前の子供じゃないとしたら、なんでお前だけに抱かれてんだ?」
「知りません」
「お前がパパに似てんの?」
「知りません」
「それでこの後どうすんの?」
「ですから、」
子供の足を洗い終わりタオルで拭き、子供を膝から降ろして隣に座らせた。
靴を履いていなかったものの、靴下のおかげか大けがはしていない。
冷たい地面を歩いた割には、凍傷のような傷もない。
案外、長距離は歩いていないのかも知れない。
とすれば、あの現場の近くにいたということか。
あれから保護者が見つかったのかも知れない。あの近所のどこかの家に住むようになったのかも知れない。
もしそうだとしても、施設に問い合わせるのが一番確実だろう。
原田はそう考えていた。
「紫田の施設に連れて行きます」
「施設?」
「子供の養護施設です」
「なんで紫田?」
「話聞いてたんですか?」
「多分聞いてたよ」
原田の横に座って、拭いてもらった足をくねくね動かしていた子供が、ソファの後ろに立っている社長を振り向いた。
社長もその視線に気付き、少しの間見詰めあい、そして社長が、あ!と声を上げてポケットに手を突っ込んだ。
「これだろ!」
そう言って差し出したのは、さっきの派手な小さい手袋。
それを見た途端子供が目を見開き、そして横を振り向いて原田を見た。
まるで何か許可をもらいたいかのように原田をじっと見詰める。
だから原田は頷きながら言った。
「もらっておけ。おじさんのプレゼントらしい」
「おじさんって言うな」
即座に突っ込み、社長が手袋を子供に手渡す。
子供がソファに立ちあがって社長の方に向き直り、小さい手でそれを掴んで、そしてそのまま原田に突き出した。
「……何?」
「履かせてくれって言ってんだろ」
社長が解説してくれた。
そしてまた子供を座らせ、伸びる小さい手袋を足にぴっちり履かせると、子供は嬉しそうにそれに手を伸ばした。小さい足の先には五色の指の部分がへなりと垂れて、子供は順番に引っ張ったりしている。
なんだか軍手と同じくらい笑える光景だ。
「なんで、こんな大人しい子供が縛られたんだろうな」
社長も笑って呟いた。
「……大人しくないですよ。ちょっと私は手に負えないです」
さっき突き飛ばされた事務員が離れた場所で応える。
「そうだったな。お前、手に負えないのか」
そう言いながら社長が子供の頭に手を伸ばすと、それを手で払って原田にしがみついた。社長がさらに手を伸ばして頭を掴むと、子供がまた絶叫した。
「……やめてくださいよ」
原田が顔を顰めて、子供の頭を手で押さえ社長の手を避けた。子供は隠れるように原田の胸に顔を付け、大人しくなる。
「なるほど、手に負えないな」
「わざとですか」
「それほどでもないよ。この程度でそんな大声出されちゃなぁ」
「わざとですね」
原田はため息をついて、子供の頭に手を乗せる。
「俺が触ったらあんな大声でなんでお前は平気なんだ」
「知りません」
しつこい社長を適当にあしらう。
しかししつこく、社長がまた訊いてくる。
「施設に入ってるんだろ?」
「今はどうかわかりませんが」
「そこで縛られたんじゃないのか?」
「……さぁ」
「専門家でも手に負えないってことか」
原田は返事をしなかった。
子供は原田の胸にしがみついたままじっとしている。
「専門家でも手に負えない暴れん坊か」
「原田にはこんなに大人しく抱かれてるのに、また足を縛る施設に戻されるんだな。可哀想に」
社長が無責任な感傷を呟く。
原田は返事をしなかった。