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ARROGANT  作者: co
8年前2月
133/194

 30分ほどのドライブで現場に到着し、桃の絵の描いてあるワンボックスの横に停車すると原田のバンに気付いた社長が運転席から降りて来た。

 すでに叫び声が響いている。

 パパ、パパと、相変わらずたった一語の大絶叫。間違いなくあの子供。

 原田も急いでエンジンを止め、すぐにドアを開けて駆け寄った。

 社長が子供を抱いて立っているのだが、子供が絶叫しながら暴れているためなんとか両脇を掴んでいるだけで、子供は上着が捲れて腹を出してばたついている。

 なんだよこれ、と呆れながら改めてその姿を見て、


 原田は思わず大爆笑した。


 再度直視することに耐えられず、目を逸らし頭を抱えてなんとか堪えようと思っているのだが、無理。


「……なんで、なんで社長、そんな、」

 なんとか言葉を絞り出し、笑う合い間に訊いてみるが続かない。そんな原田に社長が問う。

「なにが?」

「パパ!」

「おい!暴れるな!」

「パパ!」

「こら!」

「パパ!」


 社長と子供がなにやらもつれている風なので再度目を向けるが、やはり吹き出してしまう。


「パパ!」

「いつまで笑ってんだ原田さん」

「いや、だってそれ、」

「パパ!」


 なんとか息を整え、ちゃんと質問した。




「……なんで、軍手履かせてるんですか」




 そう訊いて、また吹き出す。

 子供がその小さな両足に、若干汚れた生成りの軍手を履いて、桃山社長に吊られているのだ。



「だって寒いだろ。靴下真っ黒でびしょ濡れだったんだぞ?」

 怒ったような声で社長がそう応え、

「ほら。パパだ」

 そう言って抱いた子供を原田に差し出した。


 社長に両脇を持たれて原田に両腕を伸ばしだらりと身体を伸ばした子供が、両足に軍手を履いている。


 原田はまた笑い出し、笑いながらその子供を受け取り腕に抱いた。子供はすぐに原田の首に両腕を回してしがみつく。

 原田はまだ笑っている。

 原田に抱かれて子供も大人しくなり、原田が笑っているせいか少し笑うように口元を緩めた。


「うわ。静かになったよ」

「サイレン終了」

「すげーな原田さん。どんなスイッチ持ってんの?」

 若い職人も車から出てきて各々感想を口にする。

「俺、鼓膜が破れるかと思ったよ」

「菓子やっても全部投げるしさ」

「動物みたいに暴れるんだよ」



 涙の跡をくっきりと付けて、まだ涙の溜まった瞳で子供は原田をじっと見詰めている。

 耳も鼻も頬も赤い。首に貼りついている両手は冷たい。

 今日はサイズの合った青いシャツと黒のパンツ。

 そして両足に軍手。

 原田はまたつい吹き出す。



「なぁ。原田さん」

 桃山社長が原田を呼んだ。顔を上げると、社長はまた怒った顔をしている。


「なんでこんな小さい子がたった一人で外を走り回ってるんだ?しかも今日はこんな天気だぞ。上着がないだけじゃない、靴まで履いてないってどういうことだ?」


 お怒りはごもっともだが俺に言われても、と原田は思う。


「俺の孫が、ちょうどこのくらいなんだ。でも俺の孫はな、靴も持ってるし上着も持ってるしだいたいもっと太ってるしもっとしゃべる。こんな雪の日に一人で裸足で外に飛び出したら祖母さんでも娘でも慌てて追いかけるぞ。それがこんなところまで一人で歩いてくるってどういうことだ?」



 桃山社長が怒っている。きっとこの子供を発見してからずっと怒っているのだろう。

 そして恐らく怒りながら、暴れる子供の両足を掴んで軍手を履かせた。


 それを想像して、原田はまた吹き出す。


 そして、原田が笑うので、抱かれている子供もやはり笑って原田の頬に額を付けた。



「原田さん」

 また社長に呼ばれた。

 怒られそうなのでなんとか笑みを噛み殺し顔を上げて見ると、社長は笑っていた。

 その笑い声で呟いた。



「あんたが、本当にパパだったらよかったな」



 なにをばかなことを言ってるんですか、と言い返す気にすらならない。

 黙っていると社長が続けて呟いた。



「その子供、あんたに似合うよ。原田さん」



 意味を問い返す気にもならない。

 原田は一度息を吐いて、社長に訊いた。

「今日の作業は終了ですか」

「あ、ああ。撤収中にその子供が来たからね。原田さんを待ってただけだ」

「そうですか。お疲れ様でした」

 労いの言葉を口にして引き上げる準備を始める。次に別れの言葉を口にしようとしたが、社長が遮った。


「その子供、どうするんだ?」


 原田は顔を上げ、また社長を見て応えた。

「先日の紫田の施設に問い合わせます」

「あそこに連れて行くのか?」

「それしかないです」

 原田の返事を聞いて、社長はそれ以上訊かなかった。


 その後、現場の具合や段取りの話をしながら子供をバンの助手席に乗せ、原田のブルゾンを上に着せシートベルトを締め、原田は運転席に回った。


「それでは、お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」

 そう挨拶をして車に乗り込み、すぐにエンジンを始動し、すぐに走り去った。




「……本当に、原田さんの子供じゃないんですかね?」

 若いのが呟いた。

「いや、無理だろー。原田さんじゃ若すぎるし」

「だいたい少しも似てねーし」

「それ以前に独身だろ?」

「彼女がいる気配すらないもんな」


「でもな」

 桃山社長が呟いた。



「あの子供は原田さんを、完全にパパだと思ってるだろうな」

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