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鍋は小さいしガスは途中で切れるし皿も少ないし、結局全部は食べられずに後片付けることになった。
健介はカニの殻をゴミ袋に入れてまとめている。
「明日でいいわよ、健介。おしゃべりしましょう」
お母さんがビールを飲みながら笑った。
「でも、ちょっと片付けておくと後が楽だっていつも父さんが、」
そこまで言って健介は口を噤む。
お母さんが悲しげに俯いたから。
「ごめん。もう父さんの話はしない」
健介がそう言った時、チャイムが鳴った。
俯いていたお母さんが目を丸くして顔を上げた。
「こんな時間に、誰かしら?」
健介は、父さんだ、と思った。
お母さんが缶ビールをテーブルに置いて立ち上がった。
そして玄関に行きドアを開けて、聞こえてきたのは思った通りの声だった。
「うちの健介がお邪魔しているそうですが」
健介は跳び上がって玄関に突進した。
そこには、長身の父がスーツ姿で立っていた。
あまりに明るい電気に照らされ眼鏡が反射する。
狭いワンルームの小さな玄関には、大きすぎる父の姿。
少し恐れながらお母さんの服を掴んでその父に向かって叫んだ。
「僕!お母さんと暮らすから!」
父はちらりと健介に視線を落とし、すぐにお母さんにそれを戻し、わずかに首を傾げて外に出るように促した。
健介にはその父の態度がとても横柄に見えて、お腹が熱くなるような怒りを覚えた。
しかしお母さんがドアの外に出てほんのわずかな時間で戻ってきた。
お母さんが玄関に上がって、父がまたドアを開けて立ち、健介を見下ろした。
絶対戻らないから!という意思表示に、健介はお母さんの後ろに隠れた。
父は、無表情に健介に伝えた。
「ここで暮らせばいい。必要なものは何でも家から持って行ってもいい」
よろしく、とお母さんに会釈をして、父はドアを閉めた。
……あれ?
いいの?
健介は、安堵の気持ちよりも失望を味わっていた。
やっぱり僕、いなくてもよかったの?
マックスや朱鷺ちゃんの方が大事だし?
しかし健介はその気持ちを怒りに変えた。
僕だって父さんなんかいらない。お母さんがいるんだから。
嘘つきの父さんなんかいらない!
よかったねー!と抱き締めてくるお母さんの柔らかい体に顔を預けて、健介は目を閉じた。