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「へーっ!おもひろいねーっ!」
君島が、手土産に持ってきたクッキーを口に入れたままそう笑った。
「パパって言われたの?!浩一パパ?!」
クッキーがポロポロと落ちる。
「……食ってからしゃべれよ」
「さすがパパだね!口うるさいね!てかそれ、ママだよ浩一。口うるさいのはママの仕事だね」
「うるさいのはお前だ」
結局週末は雨になった。あのお天気お姉さんの予報が珍しく当たった。
しょうがなく部屋に籠って仕事の勉強をしていると、ハワイ旅行土産のサングラスとクッキーを持って、アロハの上にモッズコートという変態じみた格好で君島が訪ねてきた。
原田はサングラスがあまりに似合いすぎて悪目立ちするので掛けることはないのに、それを面白がって君島が土産に買ってくるのでいくつか持っている。欲しくもない物なので礼は言わない。
一緒に持ってきたクッキーも結局自分で開けて食べているのでやはり礼は言わない。
コーヒーを淹れて勝手にテーブルに着いている君島の前に置き、原田は床に座って壁にもたれている。
「パパかぁ。歩いて言葉も話すなら2~3才?」
「子供の年なんかわかんないよ」
「浩一の子じゃないの?3才としたら4年前に仕込んだってことで、大学1年?……ムリか、そんな気配は無かったね」
「くだらないこと言ってんなよ」
「あ、1年の時北海道ツーリングに行ってたね?さてはあっちで?」
「うるさい」
早く帰ってくれないかなと思いながら、原田は立ち上がって換気扇の下にたばこを吸いに行った。
君島がまたクッキーを口に入れて、続けた。
「そんな寒い夜に肌着一つで子供がいたなら、捨て子だろうね」
君島が警官と同じ言葉を使う。
あの夜交番に行くまで、原田にはその発想がなかった。迷子に違いないと思っていた。あるいは逃げてきたのかも、と思った。
「凍えて死んでもいいと思ったんだろうから、ほとんど殺人だ」
君島はさらに厳しいことを言う。
「捨てるなら、殺すなら、産まなきゃいいんだ」
そう真っ当な言葉を続けて、大きくため息をついた。
それから気を取り直すように笑い、原田に顔を向けた。
「ところで僕ねー。仕事辞めようと思うんだよね」
「またか」
君島は去年就職して以来、月に2~3回そういう発言をする。
ただ口にするだけでいまだに勤めているので今日もその類だろうと原田は思う。
「なんかねー。泥沼化してきたんだよねー」
「いつものことだろ」
不倫しかしない不潔男の私生活は常に泥沼だ。何をいまさら。と原田はたばこに火を点けた。
「上司に気付かれちゃった」
君島が頬杖をついて呟いた。
「不倫を?」
「不倫っていうか、ハワイ旅行別の彼女と行ったことがバレた」
「……ん?」
「師長は亭主持ちなのにね、ヤキモチ焼くんだよ。おかしいよね?」
「……師長も不倫相手?」
「そうだよ」
「その不倫相手が、お前の他の不倫相手に嫉妬してるのか?」
「そう言ってるでしょ」
「言ってない」
「まぁ、そんなことでね。面倒なことになってるんだよね」
「別に珍しいことでもないだろ」
「まぁね」
いつか重量級のバチが当たればいいと原田は思う。
「失敗したなぁ……。職場で色恋ごとはご法度だね!浩一も気を付けてね!」
一度刺されればいいと原田は思う。
「あーごめん。お土産のクッキー食べちゃった」
君島がそう言って笑い、手についたクズをテーブルに払い落として、肩に掛かる程の半端に長い髪をかき上げた。