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二階角の自分の部屋に着き、子供を下してから鍵を開け、ドアを開けてまず電気を点けた。それから振り返り、子供の手を引いて部屋に入れる。
その足跡を見るとべったりと濡れているので、靴を脱がせた後にまた抱き上げて風呂場に連れて行った。
フローリングを歩かせると濡れて後で掃除しなければならなくなるので。自分の服もどうせ濡れているし後の始末が簡単だという計算の元。
そして脱衣所でチェストからバスマットを取り出して敷いて子供を下す。それからバスタオルを取り出して、被せていたジャケットを脱がせて、まず頭をガシガシ拭く。それから、濡れて肌に貼りついているシャツを脱がせた。
そこで、初めて気付いた。
子供が、紙おむつを履いている。
今まで現物を見たことがないのだが、この膨れ上がった紙状の履き物は恐らくパンツではなく紙おむつ。
原田の手が止まった。
子供が原田をじっと見上げた。
ここで脱がせるのはいい。体を洗うには、温めるには、脱がせるしかない。脱がせてシャワーを使わせるのはいい。
しかし問題はその後だ。シャワーを出て身体を拭いたその後だ。
紙おむつなんかうちにはない。ついでに子供用衣服も一切ない。今脱がせた濡れたペラペラなTシャツは雑巾よりも体積を縮めている。
着せる物がない。
どうする?
と、震えている子供を待たせて悩んでいてもしょうがないので、室内もまだ寒いので子供にバスタオルを被せ、おむつをそのまま下ろして足から外して、原田もぐしょ濡れの作業ズボンを脱ぎ、シャツの袖を捲って、子供と浴室に入った。
シャワーを出して温度が安定するのを待ち、立っている子供の足に直接ではなくまず床を濡らして温める。
その水が温かいことに気付いた子供がシャワーに足を出してくる。
少しずつ足から順に身体の上の方にお湯を当ててやる。
まだそれが腹までに至らないうちに、子供の身体ががたがたと震え始めた。
身体の半分が温められて、自分が冷え切っていたことに気付いたようだ。
それからなぜか呼吸が速くなった。
それから何の反射かわからないが、ぽろぽろと涙を落とし始めた。
寒かったんだろうな、と原田は子供の背中に掛けていたバスタオルを取って、また少しずつその肩にシャワーをかけた。
温められた身体が徐々に赤くなり、子供は速い息を繰り返しながら涙を零していた。
タオルにソープを付けて泡立たせて子供の身体を洗う。
嫌がりもせず暴れもせず、人形のように大人しい。
こんなにも大人しい子供が猫を追いかけて家から脱走してきたんだろうか、と原田はまた疑問に思った。
じきに、子供の震えが止まり、身体も温まったようで落ち着いたようにため息をついた。
頭を洗ってやる自信がなかったので、身体だけを汚れを落として温めて、シャワーを止めた。
そしてバスタオルで身体を拭いてやる。子供は人形のように拭かれている。
ばさばさと子供を拭きながら、原田は悩んでいる。
……何を着せる?
拭き終ってまたタオルを身体に巻いてやり、さらに考える。
巻きつけたバスタオルは足まで隠している。
あ。これでいいか?と、思いついた。
特に袖が無くても一枚ものを巻き付けてやればいいか?そういえばガソリンスタンドでもらったフリースのブランケットがあった。使い道がなくて困ってたんだ。あれを被せて、その上になにか防寒になる……ああ、ボロいブルゾンがあったな。捨てようと思ってたんだ。それ着せるか。そうするか。
そんな思い付きで寝室のクローゼットにそれを取りに向かうと、バスタオルを羽織った子供がついてくる。
「あっちで待ってろよ」
と声を掛けるが、
「パパ」
と返される。
広い部屋でもないのでそんな会話をしているうちに目的地に辿り着く。
まずはジーンズを履いてから、引き出しを開けて袋に入ったままのブランケットを取り出し、子供の肩からバスタオルを取って掛けてやる。すると肌触りが気に入らないらしく顔を顰めたので、その中に一枚いるか、とまた引き出しを探ると、なすびの絵が描いてある大判の日本手ぬぐいがあった。これもツーリング先のどこかでもらった物だ。これでどうだ?と広げて子供の肩に掛けてやると、納得したように見上げている。なすびの手ぬぐいを肩に掛けて胸元で縛り、その上にブランケットを掛けて腹で縛った。この上からブルゾンを被せれば充分防寒になる。
そしてそれ以上の問題の、おむつ。
とりあえずいつ漏らされるかわからないのでまた洗面所に戻る。子供は呼ばなくてもついてくる。
そして水回りに多くある吸水グッズを色々と眺めながら一々考えてみる。
ティッシュ、は無理。キッチンペーパーも無理。雑巾ならいいけど。基本、布だろうし。布っていうか、タオル?タオルを当てて、何かで固定する。何か。水を通さないもの。ラップ。ビニール。ビニール袋。あ。レジ袋。あれに穴開けて足通して持ち手のところを腹で縛るっていうのは?
と、その姿を想像しただけで、笑えてきた。
笑えたけどいいアイデアだと思ったので、引き出しの中から袋と棚からフェイスタオルを一枚取り出して、子供の前に膝をついた。
そして、ブランケットを上に捲って足の間にタオルを通し、子供に背中を向かせて、
子供の後ろ姿を見て、原田の手が止まった。
今初めて気付いた。
子供の腰から足にかけて、斑点が広がっている。
濃淡様々の同じサイズの球状の痣。
怪我?病気?体質?
斑点の原因にそんな疑問すら浮かばない。
何の痕なんて、喫煙者の原田でなくても分かる。
たばこの火による火傷の痕。
色が違うのは時期が違うから。
古い物から新しい物まで、一つ二つじゃない何かの模様のように広がる傷。
硬直している原田を訝しんで、子供が振り向いて、呼んだ。
「パパ」
パパなんだろうか?
原田は、自分を見つめる子供の目を見てそう思った。
パパなのか?
お前をこんな目に遭わせたのは?
原田は子供の顔を茫然と見詰めた。