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ARROGANT  作者: co
8年前11月
121/194

「……アンドレ」


 原田は、その巨猫の名前を知っていた。

 このあたりのボスで子犬よりも大きいサイズの茶トラ。尻尾が短く丸く、耳がざっくり欠けていて、凶悪な大きい顔が若干曲がっている。

 あまりに大きいのでワンワンとかジョンとか呼ぶ子供もいるが、事情通の子供がアンドレだと訂正しているのをバイクを整備している時に聞いた。

 こんな不細工な巨猫にフランス革命の少女マンガのキャラクター名?と訝しんでいたら、巨人アンドレザジャイアントからもらった名前らしい。その子供の爺さんが命名したらしい。

 なるほどなぁ、と感心したのでその名前を憶えている。


 その巨猫のアンドレが、立ち上がって白い腹を見せている。


 呪っているのか?轢かれたいのか?

 と、しばらく凝視した後に、気付いた。



 アンドレの後ろに、アンドレと同じくらいの大きさの子供がいた。

 子供が後ろでアンドレを羽交い絞めにしているのだ。



 原田はまたしばらくそれを凝視した。



 しばらくしてまた冷たい雨粒が首に入ってきたので、一度身震いをした後に気を取り直してエンジンを掛けたままバイクを降りた。



「アンドレ」

 とりあえず、アンドレに声を掛ける。

 すると子供が腕を少し下ろして、アンドレも腕を下した。

 髪がぐしゃぐしゃな小さい顔が見えた。


 このアパートに子供のいる世帯はない。

 しかし住宅街で近所には団地もあるので子供の数は多い。そこの子供が迷い込んだんだろうと原田は思った。

 きっとアンドレを追いかけてきて道に迷ったんだろう。


 そこでやっと原田はグローブとヘルメットを脱いで近くの自転車のサドルに乗せ、アンドレと子供に近寄った。


「そこにバイク入れるから避けてくれ」


 猫と幼児相手に低い声でそんな頼みごとをする。

 当然猫も幼児もそんな人間の言語を理解しない。

 原田も理解しないだろうと思いながら言ったことなので特に返事も期待せずに、猫を抱く幼児を抱き上げてスペースを空けようとした。


 そして、幼児の横に立ちその小さな身体に手を伸ばして、初めて気付いた。



 こんなみぞれ交じりの雨の中で、子供は濡れた肌着しか身に着けていない。

 猫を抱いて原田を見上げているその肩が小刻みに震えている。


 なんだこれ?と驚き、そしてすぐバイクに引き返してフロントバイザーに突っ込んであるタオルを掴んだ。

 それから振り向くと、猫がいなくなっていた。

 残された子供がぽつんと立っている。

 アンドレを抱いていたせいで腹だけ白く濡れていない、水を滴らせた肌着姿の小さい子供。


 その子供が丸い目で原田を真っ直ぐ見上げて、口を開いた。




「パパ」




 原田は、後ろを振り向いた。

 子供のパパがいるのかと思った。

 しかし誰もいない。当然だ。さっきから人の気配なんか何もなかった。


「パパ」


 子供がまた呼ぶ。

 だから視線を子供に戻した。


「パパ!」


 子供がそう叫んで走り寄ってきた。


「おい!」


 子供がつまずいて前のめりになり、すんでのところで腕で抱きとめた。

 触れた身体が冷え切っていた。

 しょうがなく子供の前にしゃがみ、両脇を持ちきちんと立たせて、バイク用のタオルでとりあえず濡れている頭と肩を拭く。


「パパ」


 子供が原田を真っ直ぐ見てそう言い、手を伸ばしてくる。その手も濡れているので拭いてやる。


 なんでこんな恰好の子供がこんな天気のこんな時間にこんな所にいるんだ?

 アンドレを追って?風呂にでも入る直前に服を脱いだ所でアンドレが目の前を横切ったのか?だからこんな恰好で家を脱走した?そんなことあるか?


 などと考えながら子供を拭いているが、バイク用の薄いタオルはじきに吸水しなくなったのでそれ以上は諦めてジャケットを脱いで子供に羽織らせた。当然だが、原田のサイズは子供の頭から被せても足まで隠れる。

 ちゃんとここを握っていろ、と子供の手を掴んでジャケットの合わせを握らせ、抱き上げて少し広い場所に下し、原田はバイクに戻った。

 子供はまた、パパ、と呼びながら近づいてきたが、原田がバイクを小屋に入れてエンジンを切るのをじっと見ていた。



 とりあえず、子供が濡れているので乾かしてから警察に連れて行かなければならないか。

 と考え、バイクを拭いてシートを掛けるのは後回しにすることにした。

 隣の自転車に置いたヘルメットとグローブを持ち、バッグを肩に掛け、原田は子供を振り向いて言った。



「ついてこい」



 言うまでもなく子供は原田を追って来ていたが、すぐに転びそうになる。

 しょうがなくまた腕を伸ばし、面倒なので抱えて部屋まで戻ることにした。



 原田は子供を抱いたことがないので抱き方を知らない。荷物を持つように子供の腹を抱いている。

 子供も抱かれ方を知らないようで、荷物のように脱力している。

 重い人形を運んでいる気分だった。

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