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原田が十時過ぎに帰宅した。
車をガレージに入れる前から、家に灯りがついていないことには気付いていた。
今までこんなことはなかった。
健介が先に寝ているとしても廊下とダイニングは電気をつけておくように躾けてある。
こんなことは今まで一度もなかった。
原田はガレージのシャッターも閉めずに玄関を開けて電気を点けて、暗いダイニングと二階の暗い健介の部屋に目をやった。
マックスが走ってきて、にやおんと鳴いた。
「マックス、健介は?」
マックスはまたにやおんと鳴いた。
階段を駆け上がり健介の部屋を開けて不在を確かめ、駆け下りてダイニングの灯りをつけてそこにも健介がいないことを確認して、和室にも電気をつけて洗面もトイレもドアを開けて、また二階に上がって君島の部屋まで開けて自分の部屋も納戸も開けて、健介がどこにもいないことを知った。
原田は少しの間茫然とした。
それからすぐに携帯のアドレス帳を開き、健介の友達の自宅電話番号を選んだ。
夜遅くに申し訳ありません、原田ですが、うちの健介お邪魔してませんか?
それを繰り返すこと三度目で、拓海が出た。
『あれ?健介まだ帰ってないの?』
「どこに行ったか知ってるのか?」
『うん。お母さんのところ』
「え?」
『あっ!おじさん、会ってないんだっけ!内緒だったかも!』
「いや、え?それ、どこだ?近所か?」
『遠いよ!バスでかなり掛かったし』
「場所知ってるんだな?住所教えてくれ」
『住所はわかんない。でも、道はわかるよ』
「道わかるなら地図みれば住所わかるだろ」
『小学生には無理だよ。でも車のナビはできるよ』
こんな夜遅くに小学生を引っ張りまわすのは同じ小学生を持つ保護者としても気が引けるのだと説明しても納得する子供ではなかった。
拓海は日頃から小学生の分際で20以上年上の自分に対してタメ口なのが気に入らない子供だったが、今それに拘っている場合ではない。
とにかく母親に電話を代わるように頼み、夜分に連れだす失礼を詫びて必ず早めに送り届けることを約束して電話を切りすぐに出た。
健介の母親が健介の前に現れたことは、児相の森口さんに昨日のうちに電話をもらっていて知っていた。なるべく早く問い質そうとは思っていたのだが、夕べは健介が先に寝ていたし今朝は寝坊して起きてこなかった。
それに、このことに関しては、絶対一人で健介に説明しないようにと君島に命令されていた。
余計なお世話だとは思っているがなんとなく躊躇いがあり、寝ている健介を起こして話す気にはなれなかった。
それにまさかこんなに早く展開するとは思ってなかった。
マックスに餌を与えることも玄関に鍵を掛けることも忘れたと気付いたのは、拓海の家に着いてからだった。夜遅くなのにフルメイクで母親に挨拶をされ、原田は拓海を連れ出した。
「公園のバス停からじゃないとわかんない」
「ここの道まっすぐ。あの看板覚えてる!」
「あそこを右。で、すぐ右。あ。間違った」
子供の曖昧な記憶力にむかつきながらも、やっとその小さな古いアパートに辿り着いた。
「あれのね、204」
「わかった。ここで待ってろ」
「健介、連れてくるの?あのお母さんとおじさん、離婚したの?」
それを無視して原田はアパートの階段を上がった。