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ARROGANT  作者: co
翌木曜日
119/194

31

 そして原田が社長の自宅へと向かっていると、坂道への交差点で社長のワンボックスに追いついた。

 あんな乱暴な運転の割に遅いのだ。乱暴だから遅いのかも知れないが。

 対向車がすれ違った直後に急発進で右折して上り坂に突っ込む。そんな危険なワンボックスに、原田は車間を空けて後ろに続いた。


 原田の自宅前を通り過ぎ、坂を登り切った平地に現れたレンガ造りの長い塀。速度を落としたワンボックスが鉄の格子門扉の前で停まると、高い位置からのセンサーライトが白く光り同時に扉が内向きに開きだす。ガシャっという金属音を最後に開いた車用門をワンボックスが通る。原田も一度停まって扉が閉まらないことを確認してからそれに続いた。

 手入れの行き届いた庭を回り橘邸の玄関の前に着くと、またセンサーライトが点く。それぞれドアを開けて車から降りると、重い音をたてて屋敷の玄関が開き、子供が飛び出してきた。


「けんちけ!」


 昴の息子、二歳児陽真が階段を駆け下りて小さな両手を開いて、健介に飛びついた。

「あー。ハルマ久しぶりー」

 健介が飛びついてきた子供の頭を適当に撫でて気のない応対をする。

「けんちけ、あのね、あのね、○△※○●◇!」

「へー。持ってきたの?」

「◇◇●!」

「なぁんだ。じゃ、できないんだ」

「ああああ!※●!」

「うん。いいよ」

「やぁああああー!」

 大喜びするハルマと手を繋いで、健介が玄関に向かった。




「相変わらずすげーな、お前の息子」

 社長が原田に囁く。

「うちでハルマの言語を理解してんのは昴の嫁さんだけなのに」

「……まぁ、健介も昔あんなもんでしたからね」

「確かにな。宇宙人かと思ったな」

「宇宙人みたいなもんですよね。幼児って」

「やっぱそうか……。俺のとこ、来月生まれるんだけど、やっぱ宇宙人だって覚悟は要るよな」

「要りますね」

「女の子らしいんだけど、やっぱ宇宙人かな?」

「あー。それだときっと社長の方が宇宙人になるでしょうね」

「俺?」

「目に入れても痛くないとか意味不明なこと言いだしますよ」

「痛いだろ」

「いや、きっと入れますよ。社長なら」

「痛いだろ」


 難しい顔をした大男二人、並んで腕組みをしてそんな会話をしている。


「あら、お疲れ様、ラジオスターのみなさん」

 朱鷺母が顔を出した。

「夜遅くにすいませーん」

 君島が笑った。

「どうも、いろいろとお世話になりました」

 原田が慌てて組んでいた腕を解いて一礼する。

「寒いから上がったらいいよ」

 朱鷺父も顔を出した。

「原田がチョコ買ってきたらしいよ」

 社長がそう言って原田の持つ袋を取り上げて高く上げて見せた。

「あ!それってフランスの?」

 昴の嫁が顔を出した。

「そーでーす」

 君島が威張る。

「あら!秋ちゃん久しぶりー!」

 昴の嫁が大喜びで手を振った。

「秋ちゃんに色目を使うな!」

 昴が嫁の腕を引きながら、朱鷺に目を向け手を使いながら続けた。

「朱鷺、あれでよかった?」

 朱鷺が微笑んで大きく頷いた。


 全員、朱鷺の返事を見てから、納得して玄関に向かった。




 そして橘邸応接室でやっと落ち着く。30畳ほどで、2ブロックに分かれたレイアウト。全員奥の大きなソファに座り、ローテーブルの上にはそれぞれにコーヒー。原田だけはその沈みすぎるソファが苦手なので一人だけ手前ブロックのチェアに座っている。

 飼い犬の老パピヨンがカシャカシャと走り回っている。


「晩ご飯は食べたの?まだだったら簡単な物用意するけど?」

 お盆を持つ朱鷺母にそう言われて、また慌てて原田が応えた。

「いえ、いただいたお重を摘まんできたのでそう腹は減ってないです」

 それに被せるように、君島が大声で言った。

「さっきのチョコ食べたーい!」

 お盆を持つ昴嫁も賛同した。

「私も食べたーい!」

「チョコー!」

 ハルマも賛同した。


 そして早速朱鷺母が箱を取り出し包装を開け、華やかなデザインの洋菓子に一しきり歓声が上がり、それと共ににハルマのテンションも上がり騒ぎ始めた。朱鷺が避難ついでにチョコを数個掴んで、一人で椅子に座っている原田に持って行った。その後を老パピヨン、小太郎が付いてきた。

「ああ、悪いな」

 原田がそれを受けとり礼を言うと、朱鷺は笑って頷きテーブルを挟んだ向かいの椅子に座った。小太郎がその膝に飛び乗った。

 そういえば、と原田が思い出し、朱鷺に訊いた。

『いつ社長にメール打った?』

 そう記した携帯を朱鷺に見せる。朱鷺が首を傾げてそれを覗き込み、すぐに自分の携帯を取り出して打ち込む。

『ラジオ局に入る前』

「前?」

 原田が思わず声を出して訊いた。朱鷺はそれに頷いて応え、続きを打ち込んだ。

『騒ぎになると思った。予想通りだった』


 予想通り……。

 まぁ、よく考えたら派手な事件ではあったからな、確かに。と原田が今更気付き、頬杖をついたまま頷いていると朱鷺が続きを打ち込んで携帯の画面を見せてきた。


『番組中は会話を読み取り切れないと思ったから番組のサイトを見てた。オンタイムでBBSが上がってたから。だから野次馬が集まってることもわかったから昴君に裏口に誘導してもらった』

「え?あ、昴さん。そういえばラジオのホームページに何かしてくれたそうですね?」

 朱鷺の説明を読んですぐに原田が顔を上げて昴に訊いた。


「ああ。僕ってより京香。調子に乗って家族全員の携帯とヤマちゃんのPCも持ち出して打ち込んでたよ」

 そう紹介された昴の嫁が、チョコを口に入れたまま微笑んで手を振ってきた。

「ありがとうございました。なんかよくわかんないですけど」

 原田がそうお礼を言った。


 それを聞いて君島が、一番奥のソファで偉そうに伸びたまま笑った。


「なんだか、何もかもよくわかんないうちに始まって終わった感じだね。激動の一週間が始まって終わったけど、結局何にも変わってない」

 そういえばそうね、と朱鷺母も笑った。



 そんなことない、と健介も微笑んだまま俯いて思う。

 僕はすごく変わった。たくさんいろんなことを知った。なにもかも全部、前と違う。僕だけは違う。

 そう考えて、微笑んだまま俯いている。



「あら。ハルマ寝ちゃいました」

 京香さんがソファで伸びているハルマを抱き上げた。

「電池切れですか」

「幼児の活動時間はデジタルだな」

「オンとオフしかないからね」

「向こうに寝かせてきますね」

 京香さんが立ち上がりドアを開けると、大和が一人缶ビールを持って入ってきた。

「このビール、北海道限定だよね。誰持ってきたの?」

「桑島さんよ!ほら、健介君のことが報道されてずいぶん気にされててね。それを持って話を聞きに来たのよ」

 朱鷺母があっさり応え、それを朱鷺父が慌てて腕をつついて諌めた。

「その話はダメだろ」



 君島が顔を上げて、健介を見た。

 健介も、君島を見詰めて、笑った。



「知ってるよ、僕。前の、県知事さんだよね?僕を助けてくれた人だよね?」



 健介が、橘夫妻を見て微笑んでそう言った。

 ついこの前君島から聞いたばかりの名前だった。自分が父の元で暮らせるようになるために力になってくれた人だ。

 そして、健介の返事を聞いて朱鷺母が驚いた。



「あら!健介君、覚えてた?あの時のこと」



 全員一斉に爆笑した。



「そんなわけないだろー!あんな小さかったのに!」

「小さかったていうかひどかったよねー!今のハルマよりひどかったよね?」

「そうだったよ、健介君。君は原田君がいないと泣き喚いてねぇ」

「とんでもない暴行幼児でな。俺に噛み付いたことも覚えてないだろ」

「朱鷺だって引っ掻かれたわね?」

 橘一家に一斉に責められ、健介は小さくなって謝った。


「ごめんなさい。僕全然知らない」

 覚えているはずがない。当時健介は推定2歳の言葉も知らない幼児だったのだ。




「そりゃそうだ。知る訳ないさ。原田が教えなかったんだから。なぁ、原田」




 大和がそう言って、笑った。

 原田は頬杖をついたまま、頷いた。



 そしてやっと、隠していた健介の過去話が解禁になった。



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