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ARROGANT  作者: co
翌木曜日
118/194

30

「なんで、社長がいるんですか?」

 まるで状況を掴めない原田が後部座席から運転席の大和に訊いた。

「え?朱鷺に頼まれたからわざわざ会社のワンボックス取りに行って迎えに来たんだぞ」

 と笑いながら、大きな交差点を右折して加速する。相変わらず乱暴な運転で、よく横転しないものだと原田はヘッドレストにしがみついて感心する。横の健介はすでに転がっている。朱鷺と君島はその危険運転を楽しんでいるばかりで原田に説明しようとしないので、さらに社長に訊いた。

「朱鷺に頼まれたっていつの間にですか?」

「いつかなぁ?まぁ、うちから会社に行って車乗り換えてここに来るぐらいの時間を逆算してくれ」

「んー……一時間前、ぐらい?」

「そんなもんか?まぁそのぐらいにメールが来た」

「迎えに来いって?」

「迎えに来て! (*^^*) だ」

「……あー」


 基本的に、橘一族は末子の朱鷺に激甘である。朱鷺の一言で家族全員飛んでくるだろう。原田が首を掻きながらそう考えていると、社長が続けた。


「ラジオは聞いてたんだよ。前々からこの前の事件の特集番組やるって予告があったからね。家族全員でリビングで丸くなって息を呑んでラジオを囲んでたよ」

「嘘ですよね」

「丸くなって息を呑んでってとこは嘘。でもみんなで聞いてたよ。あ、いや、俺はそれが始まる前に朱鷺のメールもらって家出てるからカーラジオで聞いたんだけどな」

「……ん?放送始まる前?」

「そうだな。それで、途中からお前らが出たからびっくりしてアクセル踏んじゃってさ。危うくバスに追突しそうになったよ」


 放送始まる前に社長にメール打ってる?原田がさらに考えている間に社長が続ける。


「そしたら昴から電話が来てな。朱鷺から面倒な指令が来てPC使いたいから貸してくれとか言われてな。番組のホームページ?昴と奥さんで荒らしたらしいよ」

「荒らした?」

「俺も意味はわかんねー」


 朱鷺が何かやったらしい。でも頓珍漢な社長にいくら説明させても無駄だ。あとで昴さんにでも訊こう。

 と、橘一家の顔を順に思い出している途中で気付いた。


「あれ?どこに向かってるんです?」

「うちだよ」

「俺の車、地下駐車場に入ったままですよ」

「明日にしろよ」

「車にお宅への土産のチョコが入ってます。溶けてもいいですか?」

「ダメだ。戻るか」

 そう言い終わる前に、差し掛かった交差点を急回転して来た道を戻った。原田は運転席のヘッドレストから腕を離さずしがみついたままだったので転がらずに済んだ。健介はもう座るのを諦めてシートに俯せになりしがみついている。朱鷺と君島がやはり喜んでいた。



 そして再び街に戻り駐車場入り口で原田が降ろされた。

 大和の運転で座れない程転がっていた健介が原田の車に乗り換えるかと思ったのだが、健介は朱鷺と一緒にいたいということで原田一人が降ろされた。

 そして駐車場入り口の階段を降りて車を探し、ドアを開けてシートに収まってから、原田はため息をついた。


 健介が一緒に来ると思ったのに、朱鷺に盗られたような気分で原田は凹んでいる。俺より朱鷺かよ、という裏切られ感が湧いてくる。

 でも、とすぐ考え直す。



 まだ健介に、引き取った際の詳しい説明をしていない。恐らく訊いてくるはずだ。

 しかし原田にはその準備が全くない。まだまだ先のことだと思っていたのだ。まだまだ早いと思っていた。まだあんなに小さい子供に、お前は親に捨てられた孤児だったのだなどと、言えるはずがない。

 もう少し大きくなって、生意気に一人前のことを言うようになったら、君島と相談しながら上手く伝えてやりたいと思っていた。捨て子だった事実は変わらなくても、これまで通り自分の元で成長していけるということを上手く教えたかった。


 まさか母親が現れるとは思わなかったから。


 ただ、最悪の知られ方をした割には、とんでもない事件に発展した割には、健介が予想以上に落ち着いている。

 予想以上というよりも、こんな碌でもない事件を経験して、健介は大きく成長した。

 ほんの半月ほどで健介はずいぶん大人になった。


 こんなことでこんなにも成長するんだな。

 よくあんなにも色々なショックを撥ね退けて戻ってきたな。

 案外大人だとこうはいかなかったのかも知れない。

 子供だったからかも知れない。


 原田は少し笑った。


 こどもってすげーな。

 健介が特別そうなのかな。

 それとも俺もその頃はそうだったのかな。


 ふとそう考え、すぐに考えるのを止めた。





 原田は、自分の子供時代を振り返ることがない。


 それ以前に、原田にはその頃の記憶がほとんど無い。記憶喪失というのではなく、原田自身が思い出そうとしないので記憶の表層部に定着していない。

 奥を探れば確実に残っているそのメモリー媒体に手を突っ込む気が原田にはない。

 ただほんの少しだけ、拾ってしまった。


 俺が今の健介と同じ頃。


 ちょうど、母が死んだ頃。


 ただそれだけの情報を記憶の底から掬ってしまい、原田は顔を顰める。

 その引っ掻かれたような気分を、首を振って晴らす。



 もう俺は10歳の子供ではないし、10歳の子供の父親なのだ。


 くだらないことに囚われてはいられない。




 そしてやっとエンジンを掛けた。

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