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≪誰?≫
≪子供≫
≪誘拐された子?≫
≪息子?≫
≪子供もいる?≫
≪息子じゃないって?≫
≪父さんの子供じゃない?≫
≪どゆこと?≫
≪パパの子じゃない?≫
≪やっぱあの犯人の子?≫
≪てか、パパの子じゃないって何?≫
そしてやはり、放送事故回避のために言葉を繋いだのは咲良。
「え、えっと、実はその、ここには秋ちゃんとお父さんだけでなく、健介君も来てます」
今度はさすがに岩城も歓声を上げられない。
「健介君、今の、その、お父さんの子供じゃないって、言うのは、」
そして言葉を繋いだものの狼狽えてしまっている咲良も、子供相手に適切な質問を見つけ出すことができない。
原田も君島も呼吸すら忘れているが、かろうじて君島が健介の名を呼んだ。
しかしその声も、続く健介の叫びに消された。
「あのね!僕、父さんには似てないの!だって僕父さんの子供じゃないの!僕、父さんから生まれたんじゃないの!」
全員再び息を呑んだ。
原田だけは、ん?と眉を顰めた。
朱鷺は携帯の横に肘をついて、健介を見詰めている。
健介は一つ頷いてから、自らの説を唱えた。
「あのね、僕、父さんから生まれたんじゃないんだ。お母さんから生まれたの。僕知らなかったけど、男でもお母さんから生まれるんだって。男はお父さんしか産めないと思ったんだけど、お母さんでも産むんだって。僕はお母さんから生まれた男だからお母さんに似てるんだよ。父さんから生まれたらきっと父さんに似てたと思うんだけど、違うからね。僕お母さん生まれの男だから父さんには似てないの。僕も最近、わかったんだ」
≪NOーwwwwwwww!≫
≪_(T▽T)ノ彡☆≫
≪間違ってる!性教育を間違えてる!≫
≪可愛すぎるー!≫
≪無邪気すぎるー!≫
≪(≧∀≦*)≫
≪俺も子供の頃そう思ってた!≫
≪いい!この汚れなさが泣ける!≫
≪このまま汚い大人にならないでいて欲しい!≫
スタジオでは全員テーブルに伏せて頭を抱えていた。
原田以外は全員笑いを堪えられなくて口を開けない。
原田は、健介をじっと見ていた。
お前はまだそんなことを言ってるの?本気でそう言ってるのか?
原田はそんなことを考えている。
そしてやはり放送事故回避のために咲良が口を開く。
「……そ、そうなの、ね。お父さんから生まれてないから、健介君はあまりお父さんに、似てな、……」
しかし笑ってしまって口を開いても放送事故に近い。
なんとかしようと、考え無しに言葉を繋いだ。
「きっと、お母さんに似てるのね。健介君の、お母さんは?」
健介が咲良を真っ直ぐ見て、応えた。
「お母さんは、僕が小さい頃に死んだの」
君島がその言葉に、顔を上げた。
原田は健介をじっと見詰めたまま。
自分たちが長い間信じ込ませていた偽りのストーリーを、健介自身が嘘だと知っているストーリーを、口にしている。
あの犯人を母だと知っているのに、嘘を口にしている。
自分の母は死んだと自ら嘘を言っている。
自分を捨てた母は、母ではないと健介自身が断罪している。
咲良も笑顔を引っ込めて、さらに訊いた。
「そう、なの。そう。あの犯人は、お母さんじゃないのね?」
「違うよ」
「そうなの。ちょっとね、健介君と顔が似てるかなって、思ったからね、」
「そうだね」
咲良の言葉に、健介が笑った。
「僕も、似てるって思った」
「似てるって思ったからね、」
その言葉の最後が震え、笑っている目尻から大粒の涙が零れ、そして健介はそのまま唇を噛んだ。
笑っていたスタッフ全員が、一斉に衝撃を受けた。
そして一斉に涙を落とした。
お母さんに似ていたから、幼い頃に死別した母に似ていたから、この子は犯人を慕った。
健介の一つの嘘と短い言葉と大粒の涙は、容易にその解釈を導いた。
大人たちは全員、誤解した。