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「続きはCMの後で!」
咲良が慌ててそう言い、マイクを切った。調整室でもスタッフが慌ててCMを差し込む。
それから咲良が、横にいる君島を凝視した。
そして、ゆっくりとにっこりと、笑った。
「……いいの?秋ちゃん」
君島は頬杖をついて、悪魔のように微笑む隣のその顔を見上げた。
悪魔を見上げる君島の横顔は天使のように可愛い。
その悪魔と天使がしばらく無言で互いに睨み合っている。
ガラスの向こうではディレクターが大きくガッツポーズを作っている。
「……あ、あの、」
天使に見惚れていた岩城が、はっと正気に戻り、座り直して前のめりになってテーブルの向かいに座る君島に訴えた。
「言った方がいいと思います。テレビとかで言われっぱなしなんで、本当のこと言った方がいいと思います!」
「本当のこと?」
「私もそう思う!半端に隠してるからあんな好き勝手なこと言われるのよ!」
「好き勝手?」
咲良と岩城が君島を説き伏せようとしている。
やっかいなことになったなぁと原田は腕組みをして、人ごとのように背もたれに身体を押し付けてそれを眺めた。
「お父さんも!絶対釈明した方がいいです!」
急に咲良が立ち上がり、そんな原田を指差して大声で進言した。
「ひどい言われようじゃないですか!売名行為だとか宣伝活動だとか茶番だとか!」
「……え?」
原田が驚いて、組んでいた腕を解いた。
そんな原田を見て岩城も立ち上がった。
「そうですよ!母親から子供取り上げた鬼だとかババァ捨てて若い娘に走ったクソ野郎だとか言われっぱなしじゃないですかお父さん!」
「え?」
原田もつい、椅子から腰を上げた。
「え?何それ?」
君島も初耳なので椅子に座り直して岩城に訊く。しかしそれには横の咲良が応えた。
「あ、そっか。秋ちゃん自転車で走ってたから今日の放送は知らないのね」
「今日の放送?」
「そう。だって秋ちゃん、今回の事件で今日が初顔出しだったのよ?」
「そうっすよ!名前だけ散々一人歩きしてて謎の人物だったのが、今日あんな派手に登場して、しかもこんだけの美人だからそりゃもうあの後大盛り上がりだったんですよ!」
頬を染めて目を輝かす岩城にそう言われ、君島は当然眉間にざっくりと皺を刻んで唇を尖らせる。
「いや、あの、」
原田が手を上げて、そもそもの根本的な質問をした。
「一体、事件のことやうちのことは、どう言われてるんですか?警察発表とは違うんですか?」
原田がそんな質問をしている最中に、CM明けます!と短い指示が調整室から入った。
「いいですよね?」
咲良が君島と原田を見てそう言った。そして返事も聞かずにすぐにマイクを入れた。
「はい!それでは、いまさらですが、ゲストの紹介をします!」
とうとう咲良が公共の電波でスタジオ内の秘密を暴露する。
君島は咲良を、隣でじーっと眺めている。
原田は頬杖をついて目を逸らせている。
「きっとお気付きのリスナーもいると思いますけど、今日ここにスペシャルゲストが来てるんですよ!」
朱鷺と健介は膝を叩いて声を殺して爆笑している。
「実は!秋ちゃんとお父さんが、スタジオにいらっしゃってます!」
「わ―――っ!」
と、歓声を上げて手を叩いたのは岩城。
「よろしくね!秋ちゃん!」
そう笑って咲良が顔を覗きこんだが、君島は苦笑して返事をしなかった。原田は当然無言。
そして当然、BBSにも一斉に書き込みが上がった。
≪ ∑(゜Д゜)≫
≪ ∑(゜∇゜|||)≫
≪ Σ(`д`ノ)ノ ヌオォ!!≫
≪(゜◇゜;)!!!≫
≪ エッ? (;゜⊿゜)ノ マジ?≫
どーする気だ、お前。と、原田が君島の足を蹴る。
知らないよ。ここに残るって言ったのは君の息子だよ、と君島が健介を指差す。
あれがうちにいるのは八割方お前のせいだって言っただろ、と目で訴えたが伝わらない。
そんな二人の無言のやり取りを無視して、咲良がまず原田に注文した。
「お父さん、今回は本当によかったですね。一言いただけますか?」
原田は腕組みをしたまま、顔を顰めて咲良を睨んだ。