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お母さんの部屋は、古いワンルームだった。
シングルベッドと小さなテーブルだけの部屋。
確かにこれがお母さんの家の全てだとしたら、健介の部屋を広いと言うのも頷ける。
「ごめんね。健介を探すためだけに借りた部屋だからこんなに古くて狭いの」
お母さんが恥ずかしげに俯く。
「ううん。うちだってそんなに新しくないよ」
健介が首を振ってお母さんを見上げた。
「うちだってね、中古の家を買ったんだよ。父さん建築士のくせに自分で建てたんじゃないんだから」
「そう?」
「そ!面倒臭いからって。だからね、前に住んでた人の郵便とか来るんだよ。山崎さんって」
「山崎さん?」
「変でしょ。だからうちには原田と君島と山崎宛てに郵便が来るの」
「じゃ、秋ちゃんっていうのは、」
「秋ちゃんは君島」
「そうね」
「ねぇ、健介」
お母さんはまた泣き出した。
明日も来てくれる?
明後日も来てくれる?
健介に会えて本当に嬉しい。
ずっと一緒にいたい。
毎日来てくれる?
ここで、一緒に暮らさない?
だってずっと離れてたんだもの。
やっと見つけたんだもの。
ずっと一緒にいたい。
無理よね、ごめんね。
でも明日も来てくれるわよね。
ずっと一緒にいたいの。
赤ちゃんの時はずっと一緒だったのに。
こんなに長い間離れてたんだもの。
お母さんが泣きながら、そう言う。
「いいよ、ずっといる。
今までずっと父さんといたんだから、今度はお母さんといる」
健介は簡単に承諾した。
嘘をついていた父に腹を立てていたから。
一緒になって嘘をついていた君島にも腹を立てていたから。
そして朱鷺のことはもう考えるのが嫌になっていたから。
マックスも愛想がなくて嫌になっていたから。
あの家に戻りたいとは思わなかった。
可哀想なお母さんのためにここに来るべきだと、健介は思った。
「教科書とか、全部家から持ってくる。またここに来るから、待ってて!」
健介はそう言って部屋を飛び出そうとして、バス代がないことに気付いてお母さんにもらってから、靴を履いてドアを開けた。
家に戻るとマックスだけが待っていた。
そしていつものように、健介だと分かるとそっぽを向いた。
僕だってもう、お前なんかいらない。健介はそう思って唇を尖らせて階段を上った。
ランドセルに明日の分の教科書を詰め込み、バッグに着替えを詰めて階段を駆け下り、ドアを開けて鍵を掛けて、走って坂を下った。
重いランドセルを背負って、大きなバッグを抱えて、再びバスに乗った。
そしてまたアパートに着くと、ちょうどお母さんが買い物袋を下げて帰ってきたところだった。
「せっかく健介と食事できるから、奮発しちゃった!」
そう言って持ち上げた袋の中には、赤い蟹の足が見えた。
「わ!蟹!すごいね!どうするの?どうやって食べるの?」
「鍋」
「蟹スキ?すごいね!」
健介は、お母さんの持つ袋の片方を受け取った。
でも部屋に戻ると小さな鍋しかなくて蟹の足がはみ出た。
お皿も5枚しかなくて、惣菜のトレーを流用した。
炊飯器がないのでご飯も買った。
カセットコンロのガスが途中で切れた。
それでも嬉しかった。
初めての、お母さんとの食事。
エアコンの効いた暖かい部屋で健介はお母さんとずっと笑っていた。