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ARROGANT  作者: co
翌木曜日
108/194

20

 その次に、今朝の健介の映像が開かれた。


『静かにして。父さんが寝てるから』


 目に涙を溜めて真っ直ぐそう訴える健介の顔に、原田はさっきの自分の映像以上のショックを受ける。俺が寝ている間に我が家の玄関先でこんなことが。健介があんな所でこんな目に。


 そして大人の声が小さく聞こえた。




『父親そっくりだな』




 そんな、バカな。

 こんなに似ていないのに。

 当然まったく似ていないのに。

 原田はその言葉に動揺する。


 それなのに、

 その言葉に、

 まったくありえない的外れなその言葉に、


 自分ではなくあの母親の面影をそっくり残したその顔で、健介が頬を染めて満面に笑みを浮かべて涙を一つ落とした。


 原田は心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚える。理由はわからない。


 そんな具合に画面から目を離せずにいると、突然その画面が暗くなり、直後視点が変わり、カメラを蹴り飛ばす君島が映った。

 あ?と原田が前のめりになる。

 何をやらかしてるんだこいつは。


 しかしカメラが切り替わってからは音声が聞こえず、しかも手振れがひどい。

 なんなんだこれ、と依然凝視していると、視点が定まった。君島を斜め横からアップで捉えている。


 そして、顔を伏せた君島がゆっくりと目を開き、にやりと笑った。


 視点が定まっていたカメラが、びくりと震えた。


 その後再び君島に焦点が合い、艶やかに微笑み何かを語り扉を閉めるまでをじっくりと映しだした。

 さらに、姿が見えなくなったのにいつまでもその残像を目に焼き付けようとでもしているように、ぼんやりと立ち尽くす大勢の男たちの姿も映しだされている。


 ……何をやらかしたんだこいつは……。


 そう呆れつつ、君島に目をやることもなく原田は上げた顔を顰めてため息をついた。



 ただまぁ、健介を引っ込めてはくれたようだ。




「そして、問題の、これです」

 咲良がそう言ってマウスを掴み、次に開いた画面はあの高速での映像。

 雪の降る中、原田が健介を抱いてしゃがんでいる。


「え……。こんな動画まで……」


 驚く原田を見上げて、咲良が言った。


「この場面の映像はテレビでずいぶん流れてましたよね。でも、この前の部分は多分どこも持ってないんですよ。ラジオで私がしゃべってて、リスナーはそれを聞いて健介君を助けようとしてたから、カメラとか映してる余裕のある人はそんなにいなかったと思うんです」

「あ、はい。警察で聞きました。ラジオで呼び掛けて下さったから健介が無事に高速で待っていたと、」

「ええ、結構緊迫した放送でしたから、聞いてた方もかなり動揺していたと思います。だから映像がここの、お父さんが健介君を捕まえたところからしかないんです」

「え?」

「実は、」

 咲良がそう口にしたと同時に、後ろのドアが開かれて若い男が飛び込んできた。


「データ持って来ましたーっ!」


 SDカードを高らかに掲げて顔を紅潮させて叫んだその男が、振り向いた四人を見てさらに叫んだ。


「うおーっ!ご本人っすかーっ!」

「やっと来た!遅いわよ岩城君!」

 突進した咲良がその手からカードを奪い取り、ついでに紹介した。



「アルバイトの岩城君。この子実はその当日、現場にいたんです。偶然渋滞にハマってたんです」

「どーもーっ!僕あの場にいたんですよーっ!知らないっすよねーっ!」

 再度大声で叫ぶ岩城君を遮って咲良がさらに大声を上げた。

「それでね、これがあの時の動画なのよね?もうとっくに持ってきてとっくに編集してこれからの本番で使うことになってたのに、どーする気よ!」

「だって、すいません、葬式で里帰りしててんてこ舞いだったんですよ!」

「もういいわ!始まっちゃうから!」


 部外者にはほぼ意味不明なスタッフ間の打ち合わせ話の最中にまたドアが開いて、ボスが登場した。


「遅いよ岩城!さっさとデータ、……うおっ!なっ、せ、勢揃い?!」

 仰け反りながらも、初対面のディレクターが自己紹介をした。

「あっ、さ、サンデーフローのディレクターしてます坂井です。この度は大変な目に遭われて、」

 坂井がそう言ってる途中で原田も向き直って挨拶をする。

「いえこちらこそいろいろとお手数をお掛けしまして、おかげで健介が無事に戻ってきました」

「いやいやそれがなによりですよ。私どもも微力ながらそのお手伝いができたってことが、」


「ディレクター!時間ないです!」

 悠長な大人の挨拶をしている二人に咲良が怒鳴った。


「それでは、お忙しい時間にお邪魔してしまって、」

 原田が暇の挨拶をしているとまた咲良が途中で遮った。



「あの時の映像、見たくないですか?」


「え?」


 岩城から奪ったSDカードを咲良はすでにPCに差し込んでいて、再生が始まっていた。



 さっきの小さい画面と違って、A4ディスプレイ一杯に広がった映像。



 画面の真ん中で、息を弾ませた健介が白いTシャツ姿で雪の降る中立っている。岩城の息の音と、全ての車から響くラジオの音声が聞こえる。



 この映像は、誰もが初めて見る光景だ。



 それを見ながら岩城が解説を始めた。



「俺結構前の方の車で、この子が走るのを見てから咲良さんの呼び掛け聞いて、カメラ持ってたんですぐ車降りて映したんですよ。それで、」



 画面が動き健介の姿が消えて、次に映ったのは赤色灯を回して路肩を走る紺の覆面パトカー。それが停まるやいなや後部座席から原田が飛び出す。

 またがくんと画面が動いて映像が広角になり、原田と健介が二人ともフレームに収まるようになる。

 二人の距離が縮まるので、またアップになりそれで固定された。


 その間聞こえているのは、岩城の息遣いと広く響くラジオの声。


「やっとポジションが決まって安心して撮ってたら、この声ですよ」



 そして聞こえた、あの声。





『え?これ父親?全然似てねー』





「……ああ。これか」

 原田が呟いた。

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