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「概要はもうテレビなんかでだいたいお分かりですよね?犯人についてはほぼあのままですし、その他原田さんたちの個人情報については警察ではあれ以上は出してません。勝手な憶測がいろいろと飛び交ってますが、一切ノーコメントで通すのが得策かと思います。今後はマスコミに規制が入ると聞いてますし、起訴も済めばじきに騒動も終わると思います」
宮下刑事がそう言って話を終えようとするので、原田が慌てた。
「いえ、あの、さっき起きたばかりでテレビも新聞も全然見てないんですが」
それを聞いて、ああ!そうか!と榎本が膝を叩いた。
「そうだったね!そういえば浩一君、特異体質だったね」
榎本が笑っていると、朱鷺と健介が確認を終えて近づいてきた。
「僕のはあっちに分けました。今日持って帰っていいんですか?」
「うん。もちろんいいよ」
健介の問いに榎本が応えた。
そして原田は再び目を伏せた。
もう事件の話は止めましょう、という合図。
しかし宮下刑事はその意図を汲まない。
「テレビと言えばあれですよ!ラジオ!あれ、君島さんが仕組んだんですね?」
刑事が君島に問うた。
「私現場にいましたけどね、原田さんを乗せて高速のあの現場に行ったんですけどね、あの放送は聞かなかったですねー!原田さん覚えてます?」
刑事は次に原田に問うた。
「一応ラジオ局にも調書取らないといけませんから問い合わせたんですが、当時のスタッフが一人も捕まらないんですよ!まぁこの騒ぎですからねぇ!」
「……何の、話ですか?」
原田が目を丸くして訊くので、君島が吹き出した。
「宮下さん、浩一は報道されてることは何もかも知らないんです。自分の写真が新聞一面トップを飾ったこととか連日ニュースで映像が流れてたことも全部知らないんです」
「全部知らない?こんな騒ぎを全部知らないって、」
「さっきまで寝てたそうだよ」
「寝てたってなんですか!あれから三日も寝てたってことですか!」
「……はい」
原田が小さく返事をした。
「なっ……!あ、うーん……。ま、あれだけの事件でしたしね。体調崩してもおかしくないですね」
宮下刑事がむりやり納得し、そして改めて原田に親切な説明をした。
「まぁつまり、あの時高速で車が全部停まってたじゃないですか。だから自分もずっとサイレン鳴らして路肩を走ったんですが、現場で健介君が待ってたでしょう?あれが、ラジオ放送のお手柄だったんですよ。ラジオの女性DJが健介君を呼び止めたから健介君はあそこで、あいつらに捕まらず事故にも遭わずに待ってたんです。
それを仕組んだのが、君島さんです!」
そう言って宮下刑事は、まるで君島を紹介するように手で指し示した。
ラジオ?
と、原田は記憶を探り出す。
女性DJ。声は聞いたと思う。レディ・ガガも覚えている。
しかし、到着した時点では何も、
……ピアノの音が、流れていた。
静かに、洗われるような、きれいな音が、
健介に話しかけている時にはピアノの音が流れていた。
あれが、ラジオから流れた音だったんだろうか。
「あの時車から降りてすぐに連絡したんですね?」
宮下刑事が君島に取り調べを始める。
「ええ、まぁ」
「よく思いつきましたね!こんな手があるとは驚きましたよ!だいたい自分、現場にいても全然事態が呑み込めなくて、自分だけじゃなくみんな何故渋滞しているのか分からなくて、後で現場のドライバーたちに話聞いて事情を知ったんですから!事前に教えて欲しかったですよ!」
「言えないでしょ、おまわりさんに。これから高速道の一部を故意に渋滞させますなんて」
「そうですかねぇ?どうだったでしょうねぇ?言ってくれたら何かできましたよ!」
「……連絡?お前の、知り合いだったのか?」
原田が君島の顔を見て訊いた。
「え?そうだよ。言わなかったっけ?」
「いや、何も聞いてない。あの時しゃべってたDJが?」
「そうそう。レディ・ガガは覚えてる?」
「覚えてる」
「愛の夢は?」
「愛の夢?」
「リストのピアノ。途中で突然トーク中断して、ピアノを流してた」
「……覚えてる。ピアノの音は、」
「ピアノ?」
警官も健介も問い直した。
原田と君島以外全員、ラジオでピアノ曲が流れたことを知らない。正しくは、気付かなかった。
マスコミは短い間流れたクラシックの小曲が派手な事件に似つかわしくないためわずかにしか触れなかったし、ボリュームを絞った放送だったため現場で耳にした人間もほぼ記憶していない。
耳のいい原田と携帯で放送をじっと聴いていた君島しか、覚えていない。