13
とりあえず朱鷺が持ってきたお重を少し摘まんでから、原田は自分の部屋に着替えに戻った。
部屋に入るとベッドが小さく盛り上がっていることに気付く。
猫の大きさだ。
横に座って布団をめくってやると、猫は起きて頭を振った。
そして原田に目を向けることもなく、怒ったような顔のまま前足を伸ばして原田の膝に登り、そのまま何度か足踏みしてからそこに丸くなった。
猫の体温で膝が暖かくなる。
お前の相手をしている時間は無いんだけどな、と見下ろしていると、前足で太ももを揉み始めた。
子猫が母乳を求める仕草。
多分、あまりに小さい頃に母から離されたせいで、マックスはいつまでもこの動作を止めない。母猫の元で育つ子猫は時期になれば母に鉄拳制裁を食らい、乳離れをする。
しかしマックスを立派な大人猫に躾ける母がこの家にはいない。
人間では、正しい猫の躾ができない。
きちんとした躾を受けないままマックスは大人になった。
どうなんだろうな。お前はそんなうちに来て幸せなのか?
そう考えながら見下ろしているが、マックスは満足気に目を閉じて一心に原田の足を揉んでいる。
……どー見ても、幸せそうだ。
原田は笑った。
笑ってから、あれ?と気付いた。
「……お前、いつの間に帰ってきたんだ?」
もちろん満足して原田を揉んでいるマックスは返事をしない。
そんなマックスを抱き上げて、階下のベッドに連れて行った。
着替えた後は毛が付くので抱けなくなるから。
そしてダイニングの赤いベッドに下すと、マックスはその中の毛布をまた揉み始めた。
部屋に戻り、原田はスーツに着替える。
ダークグリーンのジャケットにダークブルーのネクタイ。
原田はダークスーツしか持っていない。軽い色のスーツを着る勇気がない。ただでさえでかい自分が膨張するような気がしている。だから猫の毛が付くと目立つ。
そして黒のコートをハンガーから外して階下に降りた。
「え。ほんなひゃんとひた格好?」
ダイニングで君島が唇を何かの脂で光らせて何かを噛みながら、そんなことを言う。
「警察には世話になったからな。手土産どうする?」
「手土産!そんなのいるんだ?そっかー!かっこいー!」
「何がいいと思う?朱鷺」
君島では話にならないと判断した原田が朱鷺に訊いた。
『うちではお礼お詫びの場合の手土産最上級品は、ゴールドの缶のおせんべいに決まってるよ』
健介にそれを通訳してもらい、なんとなく商品に目星をつけて原田は頷いた。
「街の通り沿いに路面店がある。そこに寄ってから県警に行くか」
そして四人で車に乗る。
運転席に座って、シートの位置が動いていることに気付いて原田は首を傾げる。ただ、自分が何日か寝ていた事実は了解しているので、何があったか一々訊くのが面倒だ。
何も訊かずに位置を戻してエンジンを掛けた。
せんべい屋に行くまでに、原田が寝ている間に起きた出来事を君島に説明させた。
「高速で動画撮られてたの知ってる?知らないよね?てか何にも知らないよね?そういえば新聞の写真も見てないんじゃない?病院でも撮られてたのも知らないよね?」
「知らないって。何も知らないから説明しろって言ってんだろ」
「あ。偉そうだな。でも聞いたらびびっちゃうよ。高速で撮られた動画が毎日全国放送されてたんだよ。びっくりでしょ」
「その、さっきから言ってる高速の動画ってそもそも何なんだ?」
「なぁ~に言ってんの?!基本中の基本でしょ!ほら、健介がSAで逃げて路肩逆走して浩一が覆面で迎えにいったでしょ?」
「……あぁ、」
「それを録画してた人が大勢いたんだ。それをテレビに送った人も結構いるんだ」
「…………」
「あのね!あのね!朱鷺ちゃんが、ネットにはそれ以上に上がってるって!」
朱鷺に通訳していた健介が挟まった。
「そうだろうね。ネットにはそれ以上の動画や写真が上がってるだろうね」
「でね!毎日すっごいアクセス数なんだって!コメントもパンク状態だって!」
「コメント?」
「パパかっけー!とかだって」
「…………」
「パパって浩一のことだよ。わかってる?」
「……いや、わからない」
「わかんないの?じゃ今までの説明、全然わかってないんじゃない?」
「全っ然、わからない」
「ダメじゃん」