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扉の先 06

 取調べって、何を想像するだろう。


 佐倉が想像する取調べでは、警察官二人と容疑者が灰色の机を挟んで対峙していた。1人は新米熱血刑事で容疑者の前に腰を下ろし、もう1人は白髪まじりのベテラン刑事で、座らずに机に片手をつき覗き込むように容疑者を見つめている。


 想像通りのものが来るとは期待もしていないけど。


 臨時で設置されたらしい天幕に、促されて入った。天幕の内側には木箱を机に見立てたものがひとつ。背後で佐倉を案内した男たちが、天幕から出ていく音がした。風が入り込み木箱の上の灯籠の明かりを揺らめかせた。

 その木箱よりさらに奥。

 その先にいた相手は、やっぱり予想していた刑事さんとは違うものだった。


 黒髪を頭の上で団子に結い上げ、渓谷みたいに深い眉間の皺、目を眇めてこちらを見ている。そこまではまだいいのだ。いや、昨今の女の子みたいにデカ団子をどう考えても年齢が高そうな男がやっているのはどうかと思うが、目の行き所はそこじゃない。ここ大事。この眼前の細面の男は、大きな団子頭より、右頬の大きな傷跡より、硬くてザラザラしてそうな顎鬚より、注目すべき場所がある。

 それは首から下だった。

 京都のばあちゃんちで、見たことがあるやつだった。

 床の間に飾られていて、夜中に見ると子供が泣くやつだ。昼間調子に乗って触っていると大人に怒られるやつだ。戦国時代の合戦ドラマでよく見る――――そうまさかの。


 異世界で日本式武将スタイルだった。


 なんで他の人が西洋っぽい鎧なのに、この壮年の男だけ五月の節句の人形状態なんだろう。

 想像の取調室の刑事さんが、奉行所の「これにて一件落着」奉行へと変化する。そっかー、取調べってこっちだったかー。想像できんかったわぁ。


 確かに縛り首にするのは、警官じゃなくてお奉行様だよね!

 相手の濃すぎる第一印象のおかげで吹っ飛んだハルトの不吉な忠告は、相手の濃すぎる第一印象のせいで、完全に絵面と単語が一致するという事故を巻き起こした。


 こっちの忘れるという努力を無駄にしたことなぞ全く知らずに、壮年の武将は、

「グレースフロンティアの外遊部隊長、アルルカだ」

 と、嗄れた低い声で名乗った。

「あ、っと。はい。笹塚です」

「ササヅカか。珍しい名前だな」

 アルルカの方が変だと思ったが、たぶん文化の違いなんだろう。

 武将は「座りなさい」と言った。どこに。佐倉は目を彷徨わせた。ま、まさか地べたですか。まさかのリアル奉行ですか。ゴザなしの、白砂に座るのをご所望ですかお奉行様!


 だが日本武将が指差したのは、木箱の机にくっつけるように置いてあった小さめの木箱。

 なるほど、木箱に座れと。安堵して、木箱を引いて佐倉は腰を下ろした。ごつごつしてお尻に優しくない。本来は中に何かを入れて持ち運ぶための物なのだから、仕方ない。


「単刀直入に訊ねよう」

 静かな嗄れた声は、決して優しくない。

 それに、ここで出逢う人達は、佐倉の生活ではあまりお目にかかれない立派な体躯の人達ばかりだ。大きな身体から与えられる威圧感は、怖いものなのだと佐倉は気付いた。モントールがどれだけこちらに気を使ってくれていたかが分かる。あの甲冑兜の男だって大きい。なのに怖いと思わなかったのは、佐倉に触れる彼の手が優しかったからだ。あのぽんぽん、がちょっと恋しかった。


 指が震えるのを感じ、両手を握り締めた。

「はい。どうぞ」

「君はあの人形の仲間かね」

 人形?

 何を言われているか分からず、佐倉は相手を見つめていた。沈黙が落ちる。相手は佐倉の答えを無言で促している。つまり、人形の仲間かどうか。

「えっと、人形って……?」

 再び沈黙。やだなあ。この空気。凄いやだ。宿題し忘れて出た数学の授業で、指名されて答えられない時の教師の沈黙みたいだ。教師がお団子に頬傷に顎鬚に日本鎧のスタイルで授業していたら、教育委員会とPTAが殴りこんでくるとは思うけど。 


「君はあの紅の人形の仲間か否か」

 武将は言葉を少し足してくれた。紅って言えばハルトしかいない。でも、ハルトって人形なの?

 ハルトの事を思い出したら、やっぱり首に縄のイメージが浮かんできた。うう、なんとか無関係なことを伝えなきゃならないけれど、でも説得力のある話なんてできない。

 混乱する頭で必死に捻り出した言葉は、

「えっと、違うと思います多分」

 と、残念すぎる答え方。いや、ダメでしょ自分。多分じゃ縛り首でしょ。

 そして武将は笑ってもくれなかった。厳格ってハルトの言葉がぴったりな人だ。


「多分? 仲間か否か二つに一つだ。それ以外の言葉は求めていない」

「じゃあ仲間じゃないです!」

 じゃあ、ってなんだ。この救いようのないお馬鹿ちん!


 佐倉は肩を落とし、ため息をついた。もうダメだ。終わったな自分。

「よく分かんないんです」

 終わったと思ったら、力が抜けてするっと言葉が出た。

「気付いたら、ここにいて……でもここに来る前には確かにウチの玄関にいたのに。外に出かけようとは思っていたんですけど、でも一瞬でここに。本当に一瞬で、だから……」

 だからなんだと言うんだろう。

 佐倉は視線を落とした。

「よく分かんないですけど」

 言葉は詰まって出てこない。よく分からないけど、ここは異世界だと思うんです? 荒唐無稽、突拍子なさすぎ。誰にも信じてもらえるわけがない。


「訳、わかんないですよね……」

 沈黙が落ちた。 

 しばらくして武将は変わらない静かさとともに問うた。

「ではササヅカ、君の家はどこにある?」

 どこにあるんだろう。佐倉は視線をあげ、怖いくらいに表情を変えない細面の男を見つめた。見つめながら、ぼんやりと、どこか他人ごとのように何も感じていない自分がいることに気が付いた。おかしい。うちがどこか分からないのに、全然泣けない。うちのことを考えると、まるで心に薄い膜が張っているかのようにぼんやりしてしまって、何の感情もわいてこない。


「ウチは、きっと、遠くで」

 佐倉は、自分に言い聞かせるように言った。

 そう。きっと、ウチは、とても、とても、遠い。


 この子供は、危うい。――眼前に座る子供から、急激に覇気が失われていくのを、グレースフロンティアの外遊部隊長は感じ取っていた。天幕に入ってきてからずっと所在無さそうにしていた子供は、帰るべき場所を訊ねると表情すら無くしてしまった。まるでそれは、あまりに大きなショックを受けた人間が、感情を遮断してしまう表情に酷似していた。その様子は男にとっては見慣れたものだった。戦争は、多くの人間の命を奪う。死者を悼む者の多くが、報せを聞いた直後にこういう表情を浮かべるのだ。

 小箱に小さく座る子供は、まだ何か大きな衝撃から心を守っている最中だ。こんな痛ましい姿を見て、傷口に塩を塗りつけるような真似を、どうしてできようか。


「そうか」

 と、いう掠れた言葉が落ちてきて、佐倉は目を瞬かせた。武将を見つめる。そうかって何。佐倉は鈍くなった頭を懸命に動かそうとした。そうかって言ったよねこの人。どういう意味だ。そうか無罪? それとも、そうか有罪、縛り首?


 武将は佐倉の疑問に答えてはくれなかった。そのまま入り口に向かい、幕を開けて外の誰かに声をかけた。すると、近くまで連行されていたのか、足縄だけ解かれたハルトが天幕の内側へ入ってきた。椅子に座っている佐倉を見て、紅い眉が跳ね上がる。


「ねえ、こいつを調べても無駄だと思うんだけど。うちらとは全く関係がないからねえ」

 あとで報告は受けるとは思うけど。

 ハルトはちらりと、縄を持つ背後の甲冑兜のモントールを睨みつけた。


「ササヅカは街へ連れて行く」

 そう言ったのは、武将アルルカだった。ハルトが口笛を吹く。

「へえ、けっこうまともな説明が出来たんだ?」

 できてなかったと思いますけど。

 疑問に答えたのは、武将だった。

「ササヅカは人形すら知らないと言っている。人形が何か知らずに人形と関わるとはできまい」

「成程ねえ」

 ハルトは笑った。

「まともな説明ができなさすぎて、及第点ってわけだ」


 まさかのそういうことか。及第点ってことは、つまり無実証明ができたってこと?

 身体の力が抜けた。

「こいつはね、ホントになんにも知らないんだよ」

 ハルトが佐倉を顎でしゃくって示した。

「あんたフォンテインって知ってる?」

「フォ……?」

「じゃあブラギアは」

「ひ、人の名前?」

「グレースフロンティアは?」

「あ! それ知ってる!」

 佐倉は武将を見た。

「この人がいる街だ!」

「街って!」

 ハルトが割れるように爆笑した。佐倉は困惑するばかりだ。

「え、街じゃないの?」

 武将は、ついに顔に表情をのせて見せてくれた。それは眉間の皺を一本増やすというものだった。何その変化。

「グレースフロンティアはフォンティン城の城下街、昼街にあるギルドの名称のひとつだ」

 と、武将。

 勘違いに頬が熱くなった。

「ごめんなさい。街の名前じゃないんだ……って、ギルドって何?」

 武将がさらにもうひとつ、態度で示してくれた。ため息。うわ、呆れられている!

「もういい。君が人形と無関係であることも、何も知らないことも証明された」

 ついでにお馬鹿ってこともですか。


「何も分からないなら、尚更ここに置いていくわけにもいくまい」

 武将が言葉を続ける。

「何も知らないのは、記憶障害の可能性もある」

「記憶障害」

 絶対違う。でも病気扱いされたことがショックだった。そんなに変なの私って?

 佐倉が落ち込んだことに、なぜか武将が気が付いた。


「病気だとは思っていない」

 武将は目を眇め、首を振る。

「しかし結論が出るまでは、あらゆる可能性をなくす必要はないだろう」

「はあ」

 物凄く、難しい言い方をされたが、要は街医者にかかれってことだろう。


「五番は真面目なニンゲンだねえ」

 呆れたようにハルトが言った。

「堅物ってこういうのを言うん……」

 瞬間、ハルトが数歩よろけた。うんざりするようにぐるりと紅の目をまわし、後ろを振り返る。背後にはモントールが立っている。モントールはハルトを無視した。なんだろ……?


「これでササヅカの件は終わりだ。後はお前だな、人形」

 武将アルルカが、モントールとハルトの無言の応酬を収めるように言った。

 ハルトが振り返り、壮年の男を見る。

「いいよ、ニンゲンと話すことなんて無いけど、付き合ってやるよ」

 それから彼女は佐倉ににっこりと笑った。

「良かったじゃあないか。あんた釈放だってさ」

 無邪気に歯を見せて笑ってくれるハルトは、本当に喜んでくれているようだった。

 

 佐倉は退出を促され、席を立った。

 天幕を出る時、横目で見た三人は、絶対零度でちっとも笑っていなかった。


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