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白天祭 ―不公平な決議 2―

 ―――役者は揃った。

 新兵部隊の部隊長は、意識せずに使った言葉なのだろう。だが、バラッドにはこの状況に対する一番適した言葉のように感じた。

 副隊長の今夜の決議のメインは、パレードの先頭決めでは無かったようだ。メインはこの決議―――一連の騒動の決着をつけることだったに違いない。


 しかも、先ほどからの言葉で推察するならば、脂肪を貯蓄したこの副隊長は、隊長と話し合ってから、この場に来ている。つまり、思いつきでこの話を持ち出しているわけではない、ということだ。

「それで、くじを引いて当たっちまったら、何をすりゃいいんだ?」

 副隊長が思いつきで言っていないのだとすれば、この処罰の内容もまた隊長と話し合って決めていることになる。副隊長が決めた内容なら、そこまで突飛な内容にはならないが、これに隊長が絡むと予測不能なことが起こりうる。おそらくクジ引きなんてアホなことを言い出したのも隊長に違いない。


「簡単な罰よ」

 バラッドの目は相変わらず戸口に固定されていたので、言葉の軽やかさから副隊長が微笑んだのが分かった。

 簡単な罰、ね。バラッドも口の端を引き上げた。ウソこけ、と新兵部の部隊長が心の中で怒鳴ったのが聞こえた気がしたからだ。

「何をさせる気だ」

 ムドウ部隊長が苦々しそうに吐き捨てた。何故か、処罰を受ける気満々だ。もちろんこの男が処罰の対象者になるかはまだ分からないが、本人が覚悟を決めているように、ベイデン・ムドウという男は、くじ運があまりよろしくない。あまりよろしくない、というか、すこぶる悪い。今では立候補者で溢れかえっているパレードの先頭決めは、はるか昔、全く真逆の理由でのくじ引きが通例だった。全員、パレードの先頭が面倒で―――いや、全員、譲り合いの精神を多分に持ち合わせていた為に、なかなか先頭が決まらなかったのだ。パレードの先頭をクジで決めるようになってからは、ほぼこの新兵部の部隊長がパレードの先頭をこなしてきたと言っても過言ではない。誓って言うが、このくじ引きに関しては、バラッドが手を加えたことは一度も無い。単にベイデン・ムドウのくじ運が、神に見放されている上に、悪魔に魅入られているレベルなだけだ。


「やぁねえ、ムドウ部隊長って決まったわけじゃないでしょ」

 副隊長の言葉に、再び誰かの、ウソこけ、という罵り声が聞こえた気がした。

「処罰の対象者は、次のウェルーバ・モノマキア、隊長に同行して参加してもらうわ」

 さらりと言われた内容に、バラッドはついに戸口から目線を外した。


「何だそのあまりにも重い処罰内容」

 笑って済ませられる内容ではないではないか。

 案の定、当選確実な男が、しかめ面すらしなくなった。

「遠すぎる。行って帰ってくるので半年かかるだろう。その間、新兵部隊を不在にしろっていうのか?」

 ムドウ部隊長は怒鳴りもせずにそう言った。



 ウェルーバ・モノマキア―――それは、数年に一度行なわれる傭兵団体の方針会議である。

 ここに招集されることは、傭兵ギルドにとって大変、名誉なこととされている。大小合わせれば星の数に匹敵する世界各国の傭兵団体の中から、選ばれし数十団体が今後の方針を決めるのだ。

 世界の傭兵ギルド団体様方からすれば、グレースフロンティアは辺境の領土ひとつに存在する小さな傭兵ギルドに過ぎない。しかも少々変り種だ。ヒト対ヒトの争いを主軸とするギルドではなく、ヒト対人形の争いを主軸とするギルドなのだから少々変り種どころか、異質ですらある。異質なうえ、辺境の小さな傭兵団体とあっては、傭兵団体の方針会議で相手にされるはずもない。


 ウェルーバ・モノマキアに参加しても、辺境の傭兵ギルドに、発言権は無いのだ。

 

 長い時間と金をかけて会議に出向き、その場で全く相手にされず、再び長い時間と金をかけて街へと戻る。そして権力をもたない辺境の傭兵ギルドには、参加辞退の権利すら無い。

 なまじ他の傭兵ギルドと異なる性質を見せているせいで、この名誉ある数十団体の中に引っかかり続けて現在に至る。ウェルーバ・モノマキアを運営する婆さんは辺境の傭兵ギルドに強い関心を寄せている。もはやこの偏屈な婆さんが死ぬまで、この無自覚な半嫌がらせ的招集は続くのだろう。婆さんよ早く天寿を全うしろ。



 つまり、拒否権もなく無駄な時間を食うだけの理不尽な決議、それがウェルーバ・モノマキアだ。



 ウェルーバ・モノマキアに行く際のグレースフロンティアの合言葉は、こうである。

 『殺さない、壊さない、怖がらせない』

 この三原則は、今、戸口に立つ男を参加させない、ということと同義語だとバラッドは思っていたのだが……。

 

「何にせよ、誰が行っても半年不在は確実。今回で分かったと思うが、傾くぞ」

 今まで人身御供にされてきたのは、隊長だった。隊長はギルド外の交渉を担っている。隊長が不在でも、内部統括の三番隊が取り仕切るギルド内部には即座の影響は出てこない。隊長が不在の際、影響が最も色濃く現れるのは、副隊長の外見だけだ。

「ウェルーバ・モノマキアの開催まで、まだ半年以上あるわ。当たりを引いた人は、混乱が生じないよう自分の代わりとなりうる人材を育てればいい」

 言われて、バラッドは妙に納得した。なるほど、今回の騒動で後進の育成がギルド全体の課題と分かったのだから、後進を育てろというこの処罰、あながち間違っていないような気もする。


 間違っていないような気もする、が。

 バラッドは、黙りこむ新兵部隊の部隊長の背を見つめた。確かに後進育成は重要だ。副隊長の言うように、混乱が生じないよう人材を育てておけばいい。しかし、ベイデン・ムドウの長期不在はマズイ。後進を育成するはずの新兵部隊の部隊長が不在となってしまっては、本末転倒すぎるのではないか。グレースフロンティアの「信念」を植えつける最も大事な男が、半年もグレースフロンティアから離れることになったら、このギルド、傾くどころか存在価値を失うことになりかねない。


 バラッドは視線を巡らせ、再び戸口の男を見つめた。戸口の男は、何をするわけでもなく状況を見ている。この決議に関しては、自ら主体となって引っ掻きまわす気がないらしい。快も不快も感じていない顔だ。つまり、興味が無いという顔だった。

 バラッドは嘆息した。戸口に立つ男が引っ掻き回す気がないということは―――自分が引っ掻きまわすしかないわけだ。


「なあ、くじはやめねえか」

 ガラでもない発言の意図を読み取られぬよう、バラッドは戸口の男を指差した。

「俺はこいつに当たりを引いてほしいんだが、木箱に手を突っ込んで、こいつが当たりを引いたことって、今まで無くねえ?」

 記憶を辿るに、一度も無いはずだ。

 副隊長はこちらの提案に、一瞬、糸目を丸くしてみせた。すぐに脂肪で糸目に戻ったが、その眼は面白がるような輝きで、こちらを見ていた。提案の意図は見透かされているのだろう。まあ、思いやり精神に溢れすぎたクソ恥ずかしい心情を読み取らせたくない相手は、脂肪を溜め込んだこの男ではない。知られたくない相手―――くじ運が良すぎる男もくじ運が悪すぎる男も感情に疎いバカだから、気付く心配はねえだろう。

「あら予定外。あんたから言い出してくれるとは思ってなかったわ」

 副隊長が笑った。

 バラッドは言葉に引っかかりを感じて、思案した。ゆっくりと小首を傾げる。

「つまり、誰かがくじをやめるって言い出すことを予定していた?」

「まあ、くじをやめるってわけじゃないけど、今回は木箱に手を突っ込むのをやめますって言い出す予定だったわね」

 にやにやと言った感じの空気が突き刺さる。なるほど、その木箱に手を突っ込んだ際のくじ運の悪い男への配慮は、こちらが申し出なくとも、隊長達も考えていたというわけだ。

 バラッドは完全なる外向けの笑顔で晴れやかに微笑んだ。

「やべえ、言うんじゃなかった」

 それに対して返ってくる空気も生温くて、バラッドは笑いながら思った。ガラでもないことは、するべきではない。


「で、木箱に手を突っ込まねえ方法って?」

 副隊長は太い人差し指の先を、こちらに向けた。こちら、だが、自分ではない。バラッドは戸口をさし示す指から離れるように、一歩引いた。すると、副隊長が指し示す物がよく見えた。


 副隊長が指し示したのは、戸口の半顔を黒革で覆う男が持っている物だった。紙袋。何の変哲もない紙袋を、戸口に立つ男は片手で掴んで持っている。

「医務室長からちゃんと貰ってきてくれたようで、助かるわ」

 副隊長がそう言った。


 ―――医務室長から受け取った紙袋?


 バラッドは紙袋から視線を上げ、戸口に立つ男に尋ねた。

「それ、中身、何だ」

 青灰色の瞳がこちらを見つめて、言った。



「栄養ドリンクが数本と、栄養ドリンクらしき瓶がひとつ、だな」



 バラッドは半笑いの口をゆっくりと閉じ、それからしばらくして口を開いた。

「へえ、栄養ドリンクが数本と、栄養ドリンクらしき瓶がひとつ、ね」

 背後で今まで音すら立てなかった団子頭の男が身じろぎし、その身を包む妙な鎧をがちゃり、と鳴らしたのが聞こえてくる。そら身じろぎもする。こんな所で、栄養ドリンクが数本と、栄養ドリンクらしき瓶がひとつ、なんて言葉が出てきたら。

 バラッドは頷いた。

「へえええ、そうか。栄養ドリンクが数本と、栄養ドリンクらしき瓶がひとつ、ねえ」

 紙袋を持つ男は決して言い間違えてない。むしろ正しい。紙袋の中身が、全部、栄養ドリンク、ではきっと正しくない。紙袋の中身は、栄養ドリンクが数本と、栄養ドリンクらしき瓶がひとつ、なのだ。


 しかも、その栄養ドリンクらしき瓶ひとつは、数本の栄養ドリンクの瓶と、見分けがつかないに違いない。そして、その栄養ドリンクらしき瓶の中には入っているのは―――

「ソマグラハとリコデフェリンの混合だな」

 バラッドの言葉に、ムドウ部隊長が息を飲んだ。



「おいそれ―――媚薬の成分じゃねえか」



 まさにその通り。

 飲むと身体中が熱くなり、服を脱ぎたくなり、異性がそばにいたら相手の服もひん剥きたくなって、アホみたいにサカる―――間違い無く、媚薬である。だからこそ、昼街で栄養ドリンク紛いとして販売されていたことが問題になっていたわけで。だからこそ、バラッドが医務室長に成分分析をお願いしていたわけで。だからこそ、この場にいる外遊部隊長が、その違法な栄養ドリンクに関わる全てを、この世から完全に葬ったわけで。


 そんな代物が、どうしてこの決議に登場するのか。

 もちろん、それが、木箱の中の「当たり」と同じ役目を持っているからだろう。


 木箱には手を突っ込まないが、紙袋に手を突っ込み、栄養ドリンク(数本と栄養ドリンクらしきひとつ)を全員で飲もうか、という話の流れとしか、バラッドには考えられなかった。



 なるほど、確かに木箱に手を突っ込むくじ引きではなくなった。

 そのかわり、紙袋に手を突っ込んで、「当たり」を体内に取り込む話になっている。確かに、木箱に手は突っ込んで無い。手を突っ込んでないが。

 くじに違いねえだろそれは。

 しかも、より狂悪なくじ引きに変化しているではないか。


 バラッドの頭の中で、先ほど流し聞いていた、隊長の伝言が蘇った。


 ―――余りモンには福があるっつーから、俺は最後のもんでいい。俺が罰の対象者になったら、『飲んだ後』、ついでに真っ裸で逆立ちして昼街から夜街まで行進してやるよ。


 バラッドは頷いた。そうか、飲んだ後、ね。飲んだ後。自分達が、『栄養ドリンクらしきひとつ』を引き当てなければ、隊長が『栄養ドリンクらしきひとつ』を飲み、盛った状態で真っ裸になり、逆立ちして、昼街から夜街まで行進するというわけだ。何だそのパレード。誰も求めてねえ。


 真っ裸の行進は誰も求めちゃいねえが、誰かがこれを引き当てて、のたうちまわる所は、激しく見たい、気がした。まあ、自分が引き当てたら最後、明日はアホみたいに盛ることになるし、半年後のウェルーバ・モノマキア行きが決定するわけだが……だが、自分が当たるとは限らない。

「悪魔の誘惑だなこりゃ」

 バラッドは呟いた。自分が当たるのは遠慮したい。だが、他人が当たるのはぜひ見たい。

 でも、もし当たったら。

 万が一、自分がその『栄養ドリンクらしきひとつ』を引き当ててしまったら。




 バラッドは朗らかに笑いながら、ムドウ部隊長へと顔を向けた。

「なあ―――ササヅカって、今、どこにいる?」

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